薬を流し込み口を拭った。

外になにかの気配があった。この夜更けに訪ねてくるのは酔っ払った同僚の不敬者か、でなければ任務への招集だ。暇を貰って事務に当てている今夜は前者だろう。

私は呼び鈴が鳴る前に刀片手に玄関の扉を開けた。

思って居た顔はそこに無く、雨に濡れた銀髪の男が高い背丈で私を見下ろして居た。

はたけカカシだ。

このところよく会うようになった暗部の構成員。木ノ葉の白い牙、はたけサクモの息子。理由は判らないが、私を呼び止めては少し話し、いつも曖昧に笑って消えて行く男。

そんな人物がこの雨の夜にどういう訳か私の家を訪ねている。まさか暗殺に来た訳でもあるまい。私は治まらない咳をしながら、彼に部屋に上がるよう促した。

カカシの視線は私が用心に持っていた刀に行ったが、すぐに目を逸らし、すまないと一言添えて靴を脱いだ。


ふと流し台に放っていた薬の空き容器を見、「悪いのか?」と訊かれたので、私はただ「ええ」とだけ返した。

隠しても仕方のないことだ。先ず私の顔色と普段の症状で皆分かっていることだろうが、任務に差し支えなければ気にされない。此処はあくまで忍の隠れ里なのだから。


「治る見込みはあるのか?」

「悪くなる一方ですよ。あと数年は動けると思いますが」

「それはみょうじなまえも知っているのか?」

「……如何してあの人の話になるんです?」


どこか確信めいて名前を挙げた彼は、やはり彼女に近しい立場なのだろう。私は動揺を見せないよう、湯を沸かす火の前に立ったまま、カカシの顔も見ず尋ねた。

なまえへのこの里の風当たりは強い。それはもう、強風だ。名前を聞いただけで皆苦い顔をし、必ず一言は苦言を宣う。私は好んでそういう態度を引き出そうとは思わなかった。一門の門弟と知る人々からは慰めを幾度も聞いたが、本心からそれを受け取ったことは無かった。

この男がそういう人物でない保証はない。ただ、今彼が雨晒しになりながら、他の誰でもない私の元へやってきたことに、少し望みを感じているのは確かだった。

なまえに繋がる何かをカカシは持っている。

だが、彼は視線をテーブルに落としたまま覇気なく座っているだけで、深く考え込むように黙っていた。私が熱い飲み物を差し出してようやく何かを決めた風に息を吐いた。


「みょうじなまえは、今は俺の下で任務に就いている」