絶えず鉄の匂いのする池は溢れ広がっていく。私のやつれ顔が鏡面に映っている。
あの中庭に住んでいた鯉ですら、こんなに赤いと思ったことはない。思えば私はこの数年間、今ほど安堵して父親の顔を見たことなど無かった。
厳しさで狂ってしまったかつての英雄は、たかが一道場の看板を背負うようになったばかりの小娘に、その運命を明け渡してしまったのだ。
長く苦しい日々だった。一日増すごとに、私の知る父親でも、伝説に聞く忍でもないものに成り替わっていく男が憐れだった。
そして私は今日の日、門弟たちも寄り付かないこの日に、きっとこの男を殺して私も死んでやるのだと刀を握ったのに。
「ハヤテさん。どうして来てしまったんですか」
「……今日はあなたの母君の、亡くなった日でしたから」
「母の命日だと、こんなことが起こると思いましたか」
「いえ、私はただ」
ただあなたが泣いていないかと思って、と彼は言った。もうそれだけで死んでしまってもいいと思えた。死ねて終われたならば最良の日だったかもしれない。
それでもこの兄弟子は私の自刃を許そうとはしない。隈をつくった満身創痍の身でもって私を呈する。やめろと諭す。
自分の首に父を切った刃を押し当てようとした瞬間、視線の先から彼の姿が消え、温度をなくしかけていた背中が熱くなった。ハヤテが後ろから刀身ごと引っ掴んでいる。
私には、冷えた自身に生きた人間の身体が及ぼす熱量ばかりが恐ろしかった。
なんてあついんだ。焼け付いてしまいそうなほど兄弟子の生命は眩しく燃えている。私という矮小な氷を気化させていくのを感じた。