「おや、珍しいですね。今頃面倒がって、柿の木なんて放っておいていると思っていましたよ」
ハヤテさんがそう微笑するので、私は普段の怠惰を押して採ってきた橙色の果実を彼に投げつけてしまおうかと思った。
私の家の隣には大きな柿の木が植わっていて、この時期は熟れて落ちてしまった実の掃除やら、どこからか沸いてくるカラスどもを追っ払うのに毎年苦労する。
私はたっぷり成った柿たちを見上げてようやく一念発起し、任務疲れが尾を引く今朝から先ほどまでずっと収穫やら枝の管理やらしていたのだ。
去年はそういうことをハヤテさんが黙ってやっていたのだけれど。見ての通り病床に臥せってしまい、とうとう病院住まいになってしまったので、私がやるほかなくなってしまったのだ。
紙袋いっぱいに詰まった柿、つやつやとした皮を遠目に眺めるハヤテさんは、先日見たより顔色がいい。軽口を叩けるくらい気分も良いみたいだし、足を運んで良かったと思う。
暖かな病室、彼の枕元の小さなパイプ椅子に座る。
「さあさあ、どれだけでも剥きますよ」
「いえ、なまえさんは疲れたでしょう。私がやりますよ」
病人といえど、ハヤテさんはやり手の忍者だ。それも刃物を扱うのには同期の誰よりも優れていた。でも、と渋れば余計聞かん坊になってしまうと見て、私は大人しくナイフを渡した。
ハヤテさんはベッドに上体を起こしたまま、器用にくるくる皮を剥いていく。私がやったんでは、ああも綺麗にはいかないだろう。
「ほら、おあがりなさい」
「いただきます」
サク。サク。程よい歯触りの果実が甘く解けていく。
「もうしばらく、木の様子は見ないとだめですよ。まだまだ育つ実もあったでしょう」
「ええそれはもう。ハヤテさん、よくひとりでやっていましたね」
「あなたがしたがらないからです。虫が付くからとか言って」
乾いた声で笑う。この人の言葉遣いや音程が好きだ。こうやって白い服を着て、白い布団の上にいる彼を見ると、なんだかたまらなくなってしまう。
この人は私のところにもう帰ってこないんじゃないかと思う。そんなことは心配せずとも、医者の話だとそこまで酷くはないということだった。きっと静かにしていれば一年ほどで帰れるのだと。それでもなにか、切なくなった。
だから私は、面倒だった木登りもして柿を採った。この人が食べられる限りは、私がおいしいと思うものを一緒に食べたい。時間を感じたい。
ケホケホと空咳が数回。深く息をする彼の唇にくちづけた。微小なあまさが香った。
「もう一つ剥いてくださいね」
「ええ、あなた下手ですしね」
言いながら鮮やかに手の中で柿を剥くあなたの手つき、私はじっと瞳に焼き付けていた。