うなじに汗が伝うのを感じた。目深にかぶった帽子のなかは熱で蒸されて、すっかり夏の陽気だった。
小さいスーツケースを、空港まで引いてくれたのは勇気くんだった。このあと練習に行くから、とジャージ姿だった。遠目から見ても陽花戸高の立向居勇気だ。有名人だなあと思う。彼と歩くといつもどこかから視線が来るから、彼は済まなそうに私に笑う。
けど今日ばかりは、真っ白の太陽に充てられたのとはちょっと違う、寂しげな目で、私よりずーっと高い背を少しだけ丸めていた。
私は、彼にとって都合の良い女だとは思わない。彼の性格を知っているから。確信してるまでは言わないけれど、きっと歳の差とか、経済力の差なんかを気にしてるんだろう。ついでに言うと、環境の違いも、気にしてるんだろう。でもそんなの関係なしに私は勇気くんが好きだったし、応援したかったし、ご飯も食べさせたかった。
こういうのは迷惑かなと思ったこともある。でも一度、彼が真夜中に私のアパートに、練習後の泥だらけの姿でやってきてわんわん泣いたことがあって。その時思った。ああ、私、この子がすごく大事だ、この子がこうやって頼ってくれてるうちは何でもしたい。過去の栄光と、才能と孤独を持つ彼を、こうやってだきしめてあげたい、頬にキスしてあげたい。
でも異動の話が出て、いい機会だと思った。私の彼への依存を解消できるタイミングだと。彼も彼なりに安定してきたし、もっと近い存在に支えられた方がいいに決まってる。って決め付けていることに、納得はしていなさそうだけど。
人の少ない国内線の待合室は静かで、自然と小声になった。
「勇気くん、サッカー楽しい?」
「……うん」
「じゃあ、大丈夫だ」
「……大丈夫じゃ、ないですよ、俺、なまえさんがいなくなったら」
「電話もメールもあるよ」
「……なまえさんからは、してくれない気がする」
「……あのさ、勇気くん」
別れようの一言が言えなかった。そもそも付き合ってないし。でもお互い、好きだった。こういうのはよくないと思いながらお互いの優しさにもたれ合っていた。だから終わりにしなくてはと思った。
小さなソファにきちんと背筋を伸ばして座っていたのに、いつのまにか涙が出てきて、前かがみになって顔を擦った。
「わたし、ゆうきくんのこと、すきだな……」
こんなこと言うんじゃなかった、でももう遅い。
勇気くんが、涙で濡れている私の頬をそっと撫でて顔を上げさせた。彼も、泣きそうな顔になりながら、唇を噛み締めていた。小さな飛行機を臨むパノラマのようなガラス窓の光を受けながら、頬にキスをした。唇にはできない。
次から次へ涙が落ちて、どうしようもなかった。