※男性主人公、友情以下


目が合う。

お前の黄金と灼熱が秘められている、その輝かんばかりの瞳が俺への嫌悪で燃えている。お前が俺を見つめている。お前の瞳の中で俺が焼かれている、と思った。



煉獄杏寿郎とは何かと連れ立つ機会が多かった。彼は右利き、俺は左利きだから、並んでいても間合いが広く立ち回りやすい。それに彼は炎の呼吸、俺は水の呼吸を使うから、鬼にも技が読まれにくかった。そして何より、俺たちはたったふたりきり生き残った同期同士だった。きっとそれが、よく組まされる一番の理由だろう。

だけれど彼は俺を嫌っている。俺も彼を嫌っている。それなのに剣の息だけがぴったりと合う。彼が何を考えているか、俺にはありありとわかってしまう。だからなおさら、彼のことが嫌いだ。


「……みょうじ、また俺に切らせたな」


前へ出ていた煉獄が、刀を鞘に収めながら俺を振り返り言った。いつもどこを見てるやら分からない双眸が、こういうときだけしっかりと俺を捉えている。

煉獄が俺を問い詰めるのはもう何度目か。数えるのはすっかりやめている。掴みかかってこないだけ、この男の理性の高さは尊敬できる。だから俺もそこに浸け込んでいるのだけれど。

まだ月が高ければ、煉獄の説教を受ける暇もなく済んだのに。俺はいよいよ差し込んできた朝日を憎んだ。これは鬼殺の剣士としてはあるまじき心持ちだ。

彼が首を落とした鬼の死体が、日の光を受けてざらざらと崩れ落ちていく。やっと俺たちは暗い山道を抜けた。これから暫くは拓けた田園地帯になる。俺はさっさと先へ行こうとするが、煉獄に肩を掴まれ遮られた。話は終わっていないとでも言いたげだった。


「どうして止めを自分で刺さない?君はしばしば俺に譲ろうとするが、その僅かな隙がどれほど危険か分からなくはないだろう」

「何度も言うけど、俺は精一杯やってるよ。お前が俺ののろまを補ってくれたにすぎない。助かったさ」


俺は眉を高くしておどけてみせる。煉獄が、俺のこの態度を非常に嫌っていることは承知で、わざとやっているのだ。どうせ彼は、俺が彼の言葉を認めたって同じように怒(いか)るのだから、誠意や本心などを露出して疲弊するより、ふざけておいたほうが楽に終わるのだ。

煉獄は、俺の肩へ置いた手の力を強めた。彼の熱意に反して、俺の心はどんどん冷めていく。お前が言うことは全部わかっている。どれもこれも無駄だ。俺には響かない。お前が俺に何かを納得させることは無い。


「みょうじ。君は鬼をみくびっている。いつも無意識に、こんなものかと甘く見て、手を抜いている。本気を出すことが面倒でしかたないと思っている。だから俺がいつも君に水を差すことになる」

「……その、俺への過剰な期待が、どこから来るやら」

「見ていれば分かる。君は俺よりも強い。俺は君を陳腐化するために剣を持っているのではない。君の強さも弱さも君が証明するべきだ。俺を君の都合で使われてはたまらない」


これは初めて聞く言い分だった。いつもなら「本気を出せ」とか「真面目にやれ」だったが、今日は「俺を都合よく使うな」ときた。少し感心した。なぜなら、それはわずかに核心に触れていたからだ。

俺はこの煉獄杏寿郎という男が死を畏れていないことが、ひどく不愉快で、耐えがたく悔しいのだった。

いずれその時が来れば、こいつはいつだって死んでやると思っている。少なくとも、死んでもやってやるとは思っているだろう。

鬼殺の道に入った者なら誰でも覚悟しているのかもしれない。だが俺は、煉獄の誰よりも優れた剣の腕を知ればこそ、彼の抱くその潔さを許すことができないのだ。

煉獄は同期の誰よりも強く、同期の誰よりも長く生き延びた。俺は偶然その隣に立ち、煉獄が他の隊士を見送る姿を見た。その穏やかなこと。死人を慰む煉獄の、その憧れすら滲む顔。

死者を慕うな!死に憧れるな!俺がそう叫んだところで、煉獄には一寸も響かないことはわかりきっている。だから少し、意地の悪い方法で、煉獄を絶望させたいのだ。


「俺は死なない。どれだけ疲労し油断していようが、煉獄が助けてしまうからな。お前がやたらに買っている俺の剣だって、なんの情念も篭っちゃいない。俺は鬼を憎んでいない。なんとも思っていない。俺が鬼殺隊に居るのは、御館様の金払いがいいからだ」

「いつもそう言って、君は自分の価値を下げようとする。俺にはその意図が分からない。だから嫌いなのだ。君のいやに潔いところが。何にも縋らない態度が」

「わかってるじゃないか。俺だって、お前が……」


お前の覚悟が嫌いだ。その言葉だけは飲み込んだ。

俺が死ぬ時は、きっと惨たらしいだろう。お前ほどの剣士が取りこぼすということなのだから。

その死体を見てお前は、よほど憎かった俺の記憶すら自分の糧にしてしまうんだろう。そんなのは俺は勘弁願いたい。俺はお前にとって鬱陶しいだけの人間のはずだ。死んだ途端に戦友だったなどと、立派だっただのと、在り方を改竄されてはたまらない。俺が死ぬ時は、ただひたすらに、哀れなだけだ。

意味など見出すな。俺は、お前がそうやって、死んだ誰かを神か仏かに祀りあげる態度が、ほんとうに気に食わないのさ。人は人だ。人が死んで後の世代に残せるのは生存戦略だけだ。想いなんかじゃない。

少なくとも俺は、死ぬときくらい、自由でいたいさ。煉獄、お前だって自由であっていいはずなのに。家に、剣に、制服に支配されている。お前の若さ、強さは、この時代になければもっと純粋な在り方でいられたはずなのだ。

諦めているお前が嫌いだ。自分の死に理由を見出そうとするお前が嫌いだ。俺たちは勝手に生きていていいはずだったのだ。


「死ぬときくらいだ、この世でもっとも身勝手で在れる瞬間は……」


それでもお前は、死ぬ瞬間まで使命に燃えてるんだろう。きっと。