「ナマエには、グェイラ、あなたの助手を務めてもらうことにしました」


この人は今なんと言ったんだ?


「あなたの向かいの部屋を空けさせました。彼女には黒笛、いずれは白笛を目指してもらいましょう。こちらで動かせる人材が多くなるのは良いことですから」


とうとうナマエの使い道が決まった。すぐにどうこうなる訳ではなさそうだが、俺には黎明卿が何を思って彼女を俺に充てがうのか、ようやく理解できた。胃の底が透くような、指先から血の気がなくなるような冷えを感じた。

俺はこの人には逆らえないし、逆らわない。祈手になったときに既にそれは誓ったことだし、今でも黎明卿を疑うことはない。

ただ、未だにナマエのことは被験体としても純粋に扱うことができない。自ら深層を目指した子供ではないからだろうか。それもある。

他の子供たちを守り養う責任から解放された今、新たな寄る辺となった俺を、彼女は子供らしく頼り、尽くすだろう。それを確信して助手とするのは、とても支配的な「大人のすること」だ。じりじりと焼きつくような罪悪感もまた、その要因だろう。

「この前線基地に居て今更何を」なんて、俺自身だってもう何べんも考えてきたことだ。それでも選択肢は一つしかない。俺は祈手だ。あの人の手足だ。





黎明卿から子供用の探窟服を贈られ、着慣れなさそうにもじもじしているナマエに、俺は少し意地の悪い質問をする。「ナマエ、探窟には興味ないんじゃなかったか?」これはきっといつか、俺は知らないよ、あのとき言ったからね、と突き放せるようにするための保険だった。

当然彼女は唇を尖らせた。


「うん……。でもボンドルドが、グェイラとなら外に出て良いって」

「探窟家になるっていうのは、危ないことなんだよ。怪我もするし、血が出るし、死ぬかもしれない」

「グェイラは、私を守るって言ったじゃない」


半ば言い捨てるように呟いた彼女は、とてもその年頃らしい拗ねた表情をしていた。俺は仮面の下に間抜け面を作って、尽くこの少女に迂闊な言葉を振りまいた過去の自分を回想した。

俺は確かに言っていたし、彼女はそれをきちんといちいち覚えている。


「…………言ったねえ」

「……でも、探窟家っていざって時は人に頼ったらだめなんでしょう。だったら、がんばるもん……」

「ほんとに?変な動物もいっぱい居るよ」

「た、倒して食べるもん……」

「食べるんだ。まあ、それは探窟の醍醐味でもある」


これまでだったら和むやりとりだ。俺も赤笛の頃はこんなだった気がする。

無謀で無知でバカだったが、やっぱり憧れがあったから深くまで潜れた。そしてナマエにとっての憧れは、黎明卿ではなく俺にすり替わってしまった。

そうなった瞬間から、もしかすると初めからだったかもしれない。黎明卿はとっくに彼女の使い道を決めていたんだろう。「白笛を目指してもらう」と聞いて、全てが合致した。



黎明卿はナマエを、俺の白笛にしようとしている。

ゾアホリックで増えた黎明卿自身に、本来の黎明卿が白笛を託せたように、増えた己に別の魂からユアワースを与えようとしている。

俺はその仕事を託された。これ以上無い絆を結び、失わせることを前提に彼女を育てる仕事を。きっと完成までに何年もかかる。長い時間をかけ、俺とナマエはこれからゆっくりと、かけがえの無い師弟になっていく。

やっぱり黎明卿は、俺の知っている通りの人だ。そのことへの恨みや憎しみはとうに無い。俺はやる。俺は自分自身の淡白さを知っている。黎明卿もまた、俺のそんな性質を知っている。

黎明卿が俺を適任として選んだなら、俺にはそれができるんだ。彼女の肉体を滅ぼす目的を抱えながら、絆を結んでいくような異常行動が取れる人物なのだ。

とうに壊れているから祈手になった。とうに壊れているから、これまで生きている。そのことを強烈に思い出させられた。

俺は、不安げに小さな手を擦り合わせているナマエの頭を撫でた。柔らかで細い頭髪。丸い形の額。こちらを見上げる大きな瞳。いずれ失われてゆく全てを目に焼き付ける。


「……ナマエ、俺はちゃんとナマエを守るよ」

「それっていつまで?青笛か、月笛になったら卒業しなくちゃだめ?」

「おまえが旦那みたいな白笛になるまで!」

「それ、グェイラを追い抜かしてるじゃない」


そうだ。君は俺を追い越していく。手の届かないところまで抜き去って、ずっと遠くで凝固する。誰も見たことがないような、世にも美しい形になるんだ。


「先に白笛になっちゃったら、私がグェイラを守ってあげなきゃいけないね」

「……そうだねえ」


嫌だったら、やめてもいいよ。

これからはもう口には出さない。けれどいつも思ってる。