任務で左脚を失ったとき、ああ、これで私の忍者生命も、女としての人生も終わったかもしれないと思った。
スッパリ切断され、自分が倒れる方向とは反対側に飛んでいく左脚を、ぼんやり眺めながら、やけに俯瞰した思考を数秒巡らせた。傷物を貰ってくれる人も限られてくるよなあ、とか、もうあの足くっつかないよなあ、なんて。
すぐに敵の忍は仲間が討ち、私は里に帰還できたが、誰に合わせる顔も持ち合わせていなかった。火影様にも、親にも、弟や妹や、片思いのあのひとにも、どの面下げて帰ってきたんだと言われる覚悟だった。
エリート上忍で昔からスパルタの両親には、病床の隣で直接勘当された。弟と妹にはそれから一切会えないし連絡も付かなくなった。名門には私のようなドジは要らないのだ。
やっと上忍まで昇格して、ドジだマヌケだと散々言われながら努力してきたけれど。最後まで認めてもらえず、姉としても悪い見本になってしまった。
里に帰った初日、そんなことがあって泣いて夜を明かしてからは、なんとも静かな日々だった。
事情を知ってか仲間たちも面会には来なかったし、慢性的に人手不足の木の葉の里だ、火影にはまだ会える暇が無いらしい。家族との絆を諦めきった私の脳内に残るのは、ひとり。好きだと言い出せず仕舞いだった同僚の顔が過ぎる。
私が任務に立った日、彼も別の任務を受けていた。確か、そろそろ帰ってくる頃合のはずだった。噂をきいて、会いに来てくれるだろうか、いや、律儀な彼のことだから可能性はあるけれど、だから何だというのだ。期待するだけのことは起こらない。いい加減夢を見るのもやめておこう。
それでも、彼は来た。
最後に見たのと同じような、青白い顔に濃いクマを浮かべて、乾いた咳をしながら、ゆっくりとベッドの隣に腰掛ける様を、あまり直視しないようにした。この後に及んで彼の姿にときめきを覚えるのは、よした方がいいと思った。これからは住む世界が別になるのだから。
ハヤテさんは、普段しないような深い息を吐くと、開口一番に「残念です」と言ったから、私は心臓が凍りついたように錯覚した。幼少から半分諦めていた両親とは違って、彼には本心から認めてもらいたかった。
思わず涙が浮かびそうになり、手の甲で目を抑えようとする。その手を、ハヤテさんはゆっくりした動作で握り、陰る純黒の瞳で私を射抜いた。
「家から勘当されたと聞きましたが、最後まで、御当主があなたを理解しようとしなかったのは、……本当に、残念です」
咳交じりになりつつも、抑揚無くそんな台詞を言ってのけた。
「おかえりなさい、なまえさん。少なくとも私や、……仲間たちは、あなたが里に戻って、本当に良かったと思っていますよ」
「……でも、生き延びてしまいました。これから、私、どうするんでしょうかね」
力なく笑ってみせるも、彼が表情を曇らせることは予想していなくて、慌てて平静を装い直した。彼の前で深刻になるつもりはなかったし、挨拶してさっと帰ってくれるだろうと願っていた。そこまで、薄情なひとでは無いのはわかりきっているのに。
そしてそんな私の理解を、彼はこういうときに、やすやすと超えてくる。
「……こんなときに言うのも可笑しいかもしれませんが……私のところに来て頂けないでしょうか」
「え?」
「忍として任務に当たる以上、範囲を超える事情を挟むのも如何かと言うのを躊躇っていましたが。……私は、なまえさんのことが好きなんですね」
「それは」
「勘違いでなければ、あなたも同じ気持ちなのではと思うのですが」
「はい、……私もハヤテさんのことが好きでした、でも」
「では、これからを案じる必要は、無いです。名乗る名前が半分なくなってしまったのなら、私のものをお貸しします。家も、家族も、私が代わりでいいと仰るなら、えー……その、あくまでなまえさんがそうしたいと仰るなら……」
どうして泣いてるんですか。
ハヤテさんが言うまで自分でも気付かなかった。あの、何考えてるんだか分からない、優秀な忍者が、行き先のなくなった気持ちを全部、受け止めようとするから。柄にも無くたくさんしゃべるものだから。
安心してしまって、嬉しくなってしまって、そしてすこし、悲しくなってしまって、だから泣いているのだと思う。
「わたし、忍でいられなくなってしまいました」
「そんなことは大したことではありません。あなたがあなたの自我を持つ限り、どんな不都合があろうと、そこに価値の差異など有りはしません」
「ハヤテさん、……ハヤテさん、すきです」
「はい、私もです」
退院し、慣れない義足にふらついた。けれど、肩を支えてくれる彼の表情は至極穏やかで、家の門をくぐったと同時に照れくさそうに頬に唇を当ててくれたハヤテさんが、優しくて、愛おしくて、残る人生はきっとこの人のためにあるのだと思った。