「あなた、昔好きだった人に似てる」


どき、と聞こえた心臓の音はもちろん自分のものなのだが、はたして彼女にこれが聞こえていまいかと心配になる程に大きく脈打った。

初対面のつもりで話しかけてくるなまえに、私がその昔あなたが好いていた人ですよと暴露してしまいたい気持ちになる。あの木陰でほんの数日だけ分かち合った手や唇を、今でも思い出す。

忘れるはずはなかった。好きだと互いに言い合って切なく別れたのはもう随分と前になってしまったように思う。こうやって再会しているが、私は以前と違う顔。

気づいてくれなどとは言えないのが、もどかしい。


「……へぇ、その人ってのは、男前でしたか」

「さあよく分からない。不思議と顔が思い出せないの。でも、すごく、好きだった」

「自分とどんな所が似てるんです」

「……そうね、きっと、いつ姿を消してもおかしくないような雰囲気。それと声がね、似ていると思う」


切なそうに笑う。その歪な半弧の唇に自分のを重ねたいけれど。じゃあ、と昏れなずむ夕日を尻目に踵を返す。私の背に、彼女の瞳が今も向いていればいいのに。