※雁夜生存設定。本編後。


真冬の雁夜さんは、その白髪が空気に紛れるようだ。

季節と彼の間に温度差など無いかのように馴染んで見える。それがとても美しいのだけれど、同時に雪解けと共に消えやしまいかと勘ぐってしまう。

彼のよく着ている、フードのついた真っ黒いコートばかりが、骨っぽい身体を覆ってその存在を証明する。

背中を追い、するりと左手にわたしの右手を絡めて捕まえる。ひやりとこちらまで冷えてしまうような血の気のなさに苦い顔をする。雁夜さんはそれを見て「右手にすればいいのに」と、かわいらしい悪態にも似た皮肉を口にする。

わたしは意固地を張って口を尖らす。けして「あなたが消えてしまいそうだったので、つい、その霞がかる左手をがんじがらめにしたんですよ」などとは言わない。きっと彼には心外であるからだ。

どれほど長い間隣に立っていようが、雁夜さんの左側は半分死んでいることを日々確信し、その確固たる普遍を噛み締めるしかないのだけれど。ほんの拍子にその左手の指先にくらい、温度が灯りやしないかという期待を捨てられない。

諦めがわるいと言われれば、是としか答えられない。己の愚かさくらいは知っているつもりだ。

彼の動きの鈍い左側に愛憎を抱いている。光の点らない左目の銀色。骸骨のように衰えた腕、指。強張った頬の筋肉。そのすべてが、彼の強さを反射していることを知った時、ああ愛していると自覚してしまった。

同時に許せないとも。

雪の積もった門をくぐり、寒かったねなど言い合いながら、靴を脱ぐ。「わたし、冬はあまり好きじゃないのかもしれない」とごちる。雁夜さんが「なぜ?」と漆黒と白銀の双眸をかしげた。この世の何よりも美しい光と闇を目の前にして、たまらなくなる。

わたしは玄関に横並びにすわったまま、彼の分厚いコートの襟首をつかんで引き寄せた。ああこの場で彼を抱いてしまいたい。ひんやりとした唇が私の激情を煽る。

辿々しい舌同士が懸命に互いを手繰り合うのは鮮烈な快楽なのだが、わたしは溢れてくる自分の涙が悲しいばかりだった。


「寒いと、いやなことばかり考えてしまう」

「俺は君が側にいて、こんなに嬉しいことはないと思っているんだけれどな」

「いま、側にいるだけで満足できないのは、贅沢なんでしょうか」


コートの襟をぎゅうと掴んだまま、重力に従い縋り付いた。彼の心音は一定の拍で鳴っている。もう途切れたりなどしないと知っているのに、もっと確かな関係にならなければと焦っている己の愚かしさよ。


「雁夜さんが、生きてくれているだけで、よかったと思えないのは、贅沢なんでしょうか」

「……俺では君を幸せにできないよ。きっと」

「それでも、私の前から消えないという約束が欲しいんです」


生を削られて、その運命を駆ける彼は、わたしを待ってなどくれないのだ。無茶を言っていることも承知している。だのに、どうしようもなく彼を失いたくない。何故ならわたしは彼を得る前の自分をすっかり忘れてしまったのだから。


「だから、ね、雁夜さん」

「うん?」

「どこかへ行く前に、わたしをきっと、殺してくださいね」


それなら、約束できるでしょう。涙の伝う頬を上げてせめて笑ってみせた。それがどれだけ歪な笑みかなど、もうわからない。ただ穏やかでありたかった。それが成就するとき、再びわたしはこの笑みを湛えたい。