デンジ。なるほど、明るい金髪や、青色した瞳や、高い背丈や、やたら線の細い風態に、その名前はピタリと当てはまるようだと思った。
私と彼とはあれ以来、授業が終わると部活も無い者同士、なんとなく帰路が同じになる、そういう間柄になっていた。日中は特に話すこともなく、どちらかというとあの日デンジが話した「悪い奴では無い」と称される男に絡まれる方が、よっぽど多かった。
オーバ。これもぴたりとくる名前だ。赤い髪と快活な性格。歩き方。意外にも兄であるところ。そして案外、女子にもてるというか、人気があるというか、ムードメーカーであるところ。
彼らは両極にあるようで、互いに無い部分を互いが補うような関係だった。それを知る頃には、休日にはなんとなく集まって、部屋でゲームしたり宿題したり、たまにポケモンを連れて浜辺でバトルするようになっていた。
ああこういうの、何年ぶりなのだろうか。ニビに居た頃は、学校の後はバスでトキワのトレーナーズスクールの塾へ通っていた。その頃の友人たちとの関係に、今の私たちは少し似ていると思った。
ぎこちない友人関係は、かつてを思い出すとさらにぎこちなくなった。それでも、私は彼らと拙い関わりを保持していたい気持ちを捨てることができなくなっていった。
まるでガキ同士なので、学生の身ではあるものの「らしい」ことは何もなく、ドタバタガヤガヤと楽しんでいた。主にオーバが。デンジもそこそこだが、私は未だ明るくなりきれず捻ていたから、彼らに比べちゃ静かなものだったのだ。
「そーいや、今日女子がさあ、なまえちゃんと仲良くなりたあい!だか、一緒に買い物行きたあい!だか言ってたぞ」
オーバ。テレビゲームのプレイヤー1。身を乗り出してコントローラーはしっかり握ったまま、器用にクラスのだれかの声マネまで披露する。
「なにそれ。べつに、話しかけてくれればいいじゃん」
私。照れ隠しでぶっきらぼうになりがちな口調を自覚している。プレイヤー2。画面内ではオーバに押されて壁際に縮こまっている。
「おっまえ、普段から壁作りまくりでよく言うぜ。なあデンジよ」
「今いいとこだから」
「大体お前もさ、そろそろ女子の告白の代返に俺使うのヤメロよな」
デンジ。部屋の自分の机の上に散らばった道具をいろいろ持ち替えながら、なんやかんや電子工作している。私やオーバには、何を作っているのかわかったことは無い。
オーバの口調があからさまに熱くなったのと、私がフェイントのコマンドの入力に珍しく成功したタイミングが重なった。画面の端から端まで、オーバによって全身真っ赤にカラーリングにされたキャラクターが吹っ飛んでいく。
ああーっと大声出すオーバを、椅子に座ったままのデンジがぐるっと振り返って「うるさい」と文字通り一蹴した。
「確かにデンジって人気あるよね。学校だと静かなのに」
たまにうちのクラスですらデンジは、かっこいいやら言われているのが耳につく。所謂ファンが存在している。
私やオーバにとっては、ちょっとポケモンバトルができる、といっても介護不可欠な電子オタクなのだが。彼女たちにしては知的で寡黙なトレーナーらしい。学生の分際でなにを色気付いとるか、と若干憤ってしまうのは、生まれのカントーの硬派な気質と思いたい。
「俺はそういうの分からないから、こうやってテキトーに遊んでる方がいい」
「だってオーバ。こいつ彼女できたらもう私たちに構わないよ多分」
「マジうぜーな。干そうぜ」
だいたいこういう流れだと、ふざけたデンジがこのヤローとか言ってオーバに殴りかかる。で、結局はオーバがギブギブって床たたきながら泣き笑いして終わる。
そういう時私は彼らの背景になって、薄くアハハと笑っていることしかできない。それに若干の寂しさを覚えるのは、やはり彼らを好きだからなのだろう。笑い疲れた2人がぜーぜー目尻を拭っている。
「やべ、宿題してねー」
「どうせ朝やっても間に合うでしょう」
「オーバはどうか分からないけどな」
軽口叩き合いながら、オーバの家の前まで自転車を押して行くデンジと、やっぱり2人のずっと後ろをとぼとぼ歩く私。
陽の落ちた闇の中でもあいつの髪は赤く明るい。それに手を振って、また戻る道のりはひどく長く思えた。
デンジが、押して来た自転車に跨って、私に「後ろ乗れよ」と促した。海岸沿い。遠くの灯台が光っている。今日も両親は帰らない。
「遠回りして帰ろうぜ」
「ええ、寒いって」
「海行ってドククラゲつついて遊ぶか」
「それ悪趣味だからやめようよ。クロバットは部屋に置いてきちゃったし。はやく帰ろ」
急かす私の脇目も振らず、デンジはそのへんに自転車を停めてずんずんと海岸へ降りて行くから焦った。あわてて私も後を追うと、浅瀬の小さな波をつま先でもてあそびながら、デンジが切り出した。
「……お前、なんか気にしてるみたいだけど。俺はお前とオーバと、3人でいる時がなんだかんだ一番だよ」
「それは、……私もだよ」
「でもまだ遠慮してるだろ」
「……そうだね、いつかまた引っ越しちゃうだろうから……。深い付き合いになるの怖いよ」
「ポケナビあるしいいじゃん」
「そういうのじゃなくて」
「なに?」
「私が居なくなってもたぶんふたりは、変わんないじゃん」
「そういうことを気にしてんの?」
バカみてえ、とデンジが私に水を一握りかけた。闇に包まれて灰色をした水がもろに顔にかかった。冷たい。しょっぱい。なんか泣けてきた。やめてほしい、やめたい。
「私ばっか、寂しいみたいじゃん。そういうの繰り返しながら、いままで生きてんだもん」
「思い込みでしょ。なまえが会いたいって思えば今まで友達だった奴ともきっと会えるだろ。なまえがしないだけ」
「デンジにはわかんないよ」
「俺にわかるかどうか関係ないだろ。なまえは俺たちとどうしたいんだよ」
「わたしは……このままがいい」
「中途半端に笑ったり、たまに居心地わるそうにしてんのに?もっと根張れよ。ここまできて、やっぱなしとか、やめろ」
いつになく真剣な青い瞳。日が暮れてしまった闇の中でも、青さは海を凌いで明るい。息の詰まるような視線で射抜かれて、泣き出してしまいたいのを必死で堪えた。そんな私の顔を見て、デンジはまた小声で「バカ」と叱った。