文章になれなかったメモたち


▼再生能力

「フン、無様だな」

頭上から降るのは聞き飽きた声だった。少し首をもたげれば目の合う直属の上司ーーマスクザレッドは、表情に不快感を隠さぬまま、血まみれで地に伏せる私を叱咤した。

「……すみません。どうにも報告より数が多く厄介でした」
「貴様がのろのろと出向いてくれたおかげで奴らの計画も割れたがな。もう再生したか?」
「ええ、血は止まりました」
「お前の死ねなさを見ていると、不死身の村雨にも同情しそうだ」
「……ご評価ありがとうございます」


▼A級エージェント

苛ついていた。次に十傑集の席が回ってくるのは私だと思っていた。あんな、ヒィッツカラルドなんかの、どこが私を上回ったというのか。

不機嫌を隠さない私の姿に、部下たちは恐れて近づこうともしない。それでいい、無神経に話しかけられようものならその場で叩き斬ってしまいそうなくらいなのだ。

無闇に同胞を殺して孔明に叱られたくはない。あんなに食えない男も居ない。話しているといつも口で負かされてしまうから嫌になる。

だが十傑集ともなれば話は別なようで、不遜な彼らは私をからかっては楽しげにするもんだから怒り心頭だ。

アルベルトはまるで子供の失敗を慰めるかのような態度だし、残月はあからさまに皮肉ってくるし、レッドときたらヒィッツカラルドを特に気に入っていないようで「どうしてお前じゃないんだ」とか逆ギレする始末だ。そんなもんは私が一番聞きたいのだ。

話のわかる怒鬼や樊瑞は多忙だし、私は孤独にこの心中の曇りを垂れ流すほかなかった。どれほど時間が経とうが、あのヒィッツカラルドへの憎しみと嫉妬は増すばかり。

こういう時に限って任務は回ってこない。ああ、苛々する。


▼レッドの妹

声が聞こえる。1人は女で1人は男。一般的な談笑とは程遠い怒鳴り声ふたつ。

ああ今日もやっているな、と樊瑞は溜息を吐いた。十傑集のマスクザレッドには双子の妹が居る。双子と言っても全く顔は似ておらず性格も真逆だ。

別段仲が悪い訳ではなく、むしろ兄の方は妹が心配で心配でたまらないというような状態である。側から見ていても妹が気の毒なほどの溺愛っぷりというか。

「だから!私はレッドの助けがなくたって大丈夫なの!任務なんだから私はほっといてちゃんと自分の仕事してよ!」
「分からん奴だなあ!お前に何かあってからでは遅いんだ!」
「私だってA級だもん自分の身くらい守れます!」

任務から帰ってくるなり今日はずっとこの調子である。


▼引き抜き

奇妙な男だ、と思う。この国際社会だ。日本人などは珍しくも無いし、我らがBF団にもアジア系は何人も所属している。見慣れた肌の色、髪の色。

けれど彼の纏う赤だけは、どこにあっても私の視線を引く。何が忍者だかと思う。もっと忍ぶ必要があるのではなかろうか。

「なあ、いつも熱心に何を見ている」
「……いえ、べつに」

オロシャのイワンがどこか心配そうに、任務に連れ立つ私の肩を強く叩いた。パートナーがこんな様子では心許ないだろう、私も自覚している。

ましてや私はアルベルト様の部下なのだ。他の十傑集に心巡らす余裕があれば自分の技を磨いて、少しでもアルベルト様をお助けしないと、と。解っているつもりなのだけれど。

イワンの運転は心地良い。機械とは相性が良いのだ。助手席で悠長に頬杖ついていようが、衝撃で舌を噛む事もないし、イワンは空気の読める奴なのだ。無為に話しかけたりはしない。ーーしない筈なのだが。

「……お前、引き抜きの話が出ているぞ」
「ハ、」
「マスクザレッド。どうにもお前、気に入られているらしい。丁度A級に上がったばかりだろう、それで目星をつけているのかもな」
「……あの人、部下は必要無いと思ってた」
「ビッグゴールドの操縦を習得されたんだ。サポートも要るだろうさ」
「ふぅん……」

あえて興味なさげに窓の外を見つめたが、心臓は早鐘を打っている。顔色が変わってないだろうか、少し焦った。

いつもあの赤色に惹かれて、目で追った。話した事もない。けど声は知っている。よく笑う人だ。おかしくて笑うんじゃない、意地悪そうに笑うのだ。それが悪趣味だなあとか思う傍ら、その危うさに興味があった。