「ロック」


いつの間にか部屋に転がり込んでいたらしい親友。彼はいつも危ない橋を渡っている。

最近はあまりなかったものの、こうやって殴られては私のところにやってくる。私はロックにだけは合鍵を作ってあげた。きょうだいや、今までの恋人にだってそんなことはしなかったけれど、この人だけは特別だった。

彼が部屋に入ってきたのは昨晩のうちだったのかもしれない。雨でびしょ濡れになったスーツの上着もそのままに、力尽きたような格好で玄関マットの上に転がっていた。いつものサングラスもしたままで、窮屈に首を曲げて、眉間に皺までつくっている。これが私の非番の日でよかった。

私がひびの入ったサングラスをそっと外して、腫れた頬に手をあててやると、ロックは緊張していたのをすっとほどいて深い呼吸をしはじめた。

相当追い詰められたのだろう。手なんて握り拳を作ったままだ。端正な顔にはたくさんの痣ができていて、私の心臓はぎゅっと痛んだ。

誰の弱みを握っていたの?どんな情報を追ってたの?あなたに見返りはあるの?最近、会ってくれないね。目が覚めたら、もう出て行ってしまうの?

私はロックの重荷になりそうなことを言わない。そう決めている。彼は昔から、私とつるむのを嫌がった。恨みを買う性分だから、私が標的にされてしまうと思っていたのだろう。

現にロックはいまの仕事を始める前から、よく言いがかりをつけられては殴られていたし、私はその友人というだけで脅されてきた。学生時代からそんなことが続いて、ロックはすっかり私に負い目を感じているらしかった。

玄関先に倒れているロックの横に寝ころんで、濡れたジャケットごと抱き締める。とても冷たい。艶やかな長い睫毛がふるふると震えている。怖い夢でも見ているのかもしれない。


「ちょっとくらい泣いても良いわよ」


小声で呟いて頭を撫でる。じわじわと雨に濡れたロックから、冷たさが伝わってくる。午前五時の肌寒さの中で私たちは凍えを庇い合うように寄り添って横たわっていた。





「なあなまえ」

「なあにロック」

「俺たち結婚しようか」


突拍子もない台詞に、私は持っていた救急箱を危うく取り落とすところだった。ロックは何事もない顔で、おい危ないななんて言う。


「そもそも付き合っても、ないでしょ」


頬の青あざに湿布を貼られて、片目を白いガーゼで覆ったロックが、もう片方の目だけで笑った。いやに優しい顔だった。なんだか私はそれがすごく嬉しかった。でも、顔には出さない。ロックは危ない仕事をしているはずで、根無し草みたいな男で、それがなんで結婚なんて言い出すのか。


「なまえ……こんなのはこれが最後だよ」


消毒液が香る。いつのまにかロックが私の頬にキスを一つ落とす。


「情報屋、やめたんだ。もう、本当にただの三流ルポライターさ」


ロックはそのまま私の肩口に頭を預けてしまった。黒髪のなかにつむじがよく見える。


「お金が恋人だったんじゃないの」

「そんなのはやめだ」

「なんで」

「なまえと居たくなったから」

「今更ね」

「本当だ」


ふふ、とまた優しく笑う。私の調子は狂いっぱなしだ。ついこの間まで、ロックは新しい仕事を追ってタレントの女の子をつけ回していたと思ったけれど、もうそういうのはやめらしい。


「もう俺のこと好きって言っていいんだぜ」

「バッカじゃないの……」

「泣くなよ」


ぱっと顔を上げたロック。優しい苦笑いで、私のどんどん溢れ出す涙を拭いてくれる。ああ、ずっと我慢してた。私はあなたのことが好き。