ピアスがほしいなあ、とナマエは呟いた。
ピアスって何だっけ、と瞬時にワールドワイドウェブを検索して、ああ、と理解する。人間が肉体に穴をあけて飾る石とか、金属のこと、だ。
「お前、穴開いてないじゃねえか」
「うん、だから、バリケードに開けてもらおうとおもって」
そういうの得意でしょ、と顔色も変えずに言うこの女は大概、普通の人間ではないと思う。俺がパトカーをスキャンしてるからって、ほいほい乗り込んできてあれよあれよと俺のペットになっている。そんなヤツはこの女以外、後にも出てこないだろう。
ディセプティコンがどんな連中かは先ほどの口ぶりからして理解しているようだけれど。
読めない人間だとは常々思っているが、今日のこれは一番訳が分からない。
「どうしてピアスなんて欲しがってるんだよ」
「だってからだの一部になる」
「態々穴まで開ける意味があるのかねえ」
人間なんてカンタンに死んじまう。やわやわとした肌は爪で引っ掻いただけでぱっくり割れてしまうし、細い肢体は掴めばすぐにぽっきりと折れる。俺が殺してきたオートボットたちでさえ、すぐに死んでしまったので、人間なんて泡みたいに壊すのは簡単だ。だから、こいつが俺に穴を開けて欲しいと思ってるのなんて、殺してくれとでも言っているのかと疑ってしまった。
人間と違って精密な動きができることは事実だ。その小さな耳たぶに小さな穴をひとつ開けることはきっと造作もない。しかし、俺にとってこの娘にそれをするというのは、何故だか憚られた。
「バリケードと私はセックスできないから」
「あ?」
一気に拍子抜けた。おまえ、馬鹿なんじゃねえのか。
不思議なことにそう言って笑い飛ばすことができなかったのは、この女の言うことが確かだからだった。どれだけ愛しくても、どれだけ忠実でも、俺とこの女が交わることはできない。そういう意味で、俺の一部が自分を貫通する行為として、こいつはピアスが欲しいなんぞのたまっている。俺が、この手で、蜂が他の虫を殺すように一突き、小さな穴を開けることを望んでいる。
「開けて、何をつける気でいるんだ?」
「わからない、開けるだけでいいのかも」
「ピアスが欲しい、ってどの口が言った」
「バリケードが死んでしまうことがあれば、どこかをもらって着けるね」
「お前、俺が死ぬと思っているのか」
おもってるよ、と平然と言う目の前の虫けらに殺意が沸く。しかし、当人の瞳はどこか暗く、どこか俺を憐れんでいた。
「悪人っていつか裁かれるものだから、きっとバリケードは誰かに恨まれながら死んでしまうよ」
「おい」
小さな顎を掴んで、片手で耳朶に爪を押し当てた。カシャンと爪が細い針に変形して、肉に貫通する。いた、とちいさな声と息遣いがして、筋肉の緊張が振動で分かった。手を放すと、ぷっくりと赤い球が耳から零れ落ち、ぽたぽたと襟や肩に落ちていった。
「お前の言う通り俺が死んだら、俺のオプティックでもくれてやる」
俺の透過する赤い瞳を削り出して、その耳にくっつけたら、きっとその血よりもお前には似合う。
「セックスしたいとか、形見が欲しいとか、普通に言えよ」
「車相手に言ったら頭おかしいみたいじゃん……」
「元々だろう」