ラチェットが珍しく、私へ通信を寄越してくるから、何事かと思った。昨日から風邪をこじらせてしまった私は、それをミコに伝えてさっさと眠ってしまっていた。きっと彼女が伝え忘れてしまったんだろうな。それで、迎えに来た先生が、いつまでも出てこない私に電話をくれたんだろう。
そう思って、ピリピリ鳴る携帯電話を見る。けれどその画面は、いつも迎えに来てくれるのよりずっと遅い時間を知らせている。まさか、こんなに待ってくれてる訳もない。じゃあちゃんと伝わっていたのかな、でも、あのラチェットが直接なんて、本当に珍しい。通話ボタンを緊張する指で押して、スピーカーに耳をくっつけた。
「ラチェット?」
『……ああ、ナマエか?』
ナマエか?だって。自分で私の携帯にかけてるのに変なロボットだ。
そうですよ、と応えるのに咳が混じってしまったので、ごめんねと言うと、ひどく慌てたような口ぶりでラチェットが「すまない」と誤った。やけに早口だった。
『体調がよくないとミコから聞いた』
「ただの風邪だから、ケホッ…すぐに治すよ、大丈夫」
『喉をやられているなら、電話はやめておいたほうがよかったな』
ことばの端々にくっついてくる間隔が、私の為に色々な言葉の中から選んでいることを知らせてくれる。それだけで、一人で部屋にいるのに、とても嬉しくなって、思わず頬が緩んだ。
寝返りを打ちながら、ベッドの上で目を閉じて、いまラチェットはどんな顔で話してるだろうかと想像する。きっと難しい顔して、耳の通信機に指を当てながら、うろうろしているんだろうな。
「ううん、メールは疲れちゃうから、こっちのほうが良い」
『そうか。ええと……』
「ラチェット、話題が無いなら無理やり電話しなくたって大丈夫だよ。どうせ皆にかけろって言われてかけてくれたんでしょ」
僅かに、アーシーやミコの、高い声がくすくすしているのが向こうの方で聞こえる。見えない二人に心の中で感謝した。多分、すごく労力が要っただろうな、意地っ張りのラチェットに電話をかけさせるの。
『私は、その、電話したくなかったわけじゃあなくて……』
「わかってるよ、からかっただけ。ほんとは優しいの知ってるから」
たくさん喋って私を安心させてね、先生。だいすきだ。