ガレージに持ち込んだ古いDVDデッキ。シュルシュルと音が鳴る、うるさいこの機械のことはそんなに嫌いじゃない。小さなブラウン管も、すっかり使わなくなって捨てられていたのをこっそり拾って運んだものだ。そういう代物ばかりが壁棚に所狭しと集められている。私の秘密基地。
家族もめったに入ってこないから、ホイルジャックが遊びにやって来るのには困らなかった。といっても、最近の彼はずっとこのガレージに泊まりっぱなしで、私が学校から帰って来るのを日がな大人しく待っている。
ガレージのシャッターを開けると、やっぱり白いレーシングカーはそこに居た。鮮やかな緑と赤のストライプ。周りの家に停まっている高級車なんかメじゃないなあ、と思う。
古いガレージだから、シャッターも錆びていて、中に入って閉めようとすると手が赤色になる。それをパンパンと払いのけるうちに、スーパーカーはすっかりロボットに変身してしまった。天井にぶつからないように身を低くしているのを更に低くして、私の目線に合わせてくれる。近付いた顔に両手を添えてさすると、水色の目を細めてにこりと笑った。
ホイルジャックは私と居る時、すごく穏やかだ。
「今日は吸血鬼の話にしよう」
これ、と借りてきたDVDのケースを掲げる。ホラーは苦手だけれど、この映画はきっと美しいから、大丈夫だ。パッケージの少年少女を一瞥してデッキにディスクを挿入する。
シュルシュルと読み込んでいる音を心地よく思いながら、コンクリートの床に座る。ホイルジャックが、ガシャガシャと音を立てて、私の真似をして座る。私を抱えるように、腕を前で組んで、足を投げ出している。
「吸血鬼、とは如何様なものなんだ?」
「人間のつくったフィクションだよ」
オープニングが始まると自然とふたりとも黙った。
美しい映像の連続と、残酷描写の対比が印象的な映画だった。少女の吸血鬼は200年もの間、数々の保護者を看取りながら生きていた。少年は少女と恋人になり、弱かった自分を克服していく。そして光を浴びる電車の中、少女が入ったトランク越しに会話をしながら、どこかへ旅立つシーンで終結。どこか物悲しいハッピーエンド。
「もうこんなに暗くなってしまったね」
欠伸を噛む私が寝室へ向かおうとするのを、ホイルジャックが引き留めた。大きな手の、ほんの指先が私のシャツの裾をつまんでいる。
「拙者たちはあの少年少女のようだ」
珍しく不安げな表情を隠しもせず、穏やかな声をぐっと詰まらせるように吐きだしている。人間の作った映像に、何万年も生きるロボット生命体が感化されているのはなんだか可笑しかった。けれど、彼のことをばかにできないのは、私も同じくこの映画から悟ってしまったせいだった。
「あの少年少女はどこへ行った?いつか看取られるのを知りながら、あの少年はどういうつもりで?」
「わからないよ」
「ああ。只、あの二人は、とても幸せそうでござった」
「……そうだね」
水色の光がぼんやり浮かぶ暗いガレージは肌寒かった。
「ナマエを看取る勇気が無い」
「私だってどこにも行かないで欲しい」
「ああ、どこにも行きたくない」
じわりと涙が零れそうになる。彼の、きっと私の為に上げてくれている表面温度が心地よかった。