『黒子っち今日、部活オフだったよね?
オレも今日、仕事も部活もないんで、久しぶりにデートしようッス!』
教師が、こちらに背を向けて板書しているのを見計らって、机の陰に隠していたケータイで手慣れた速さでメールを送る。
少し板書をノートに写していると、すぐに返信が返ってきた。
『はい、いいですよ。』
なんとも彼らしい。
承諾してもらえてことに、少し表情が緩む。
『じゃあ、いつもの公園前で会おうッス!』
久しぶりに会えると思うと、いてもたってもいられなくなった。
「忙しくて、全然会えなかったお詫びに、今日はオレがバニラシェイク奢るッス」
「……ありがとうございます」
中学の時から二人で会うときの約束の場所の公園から、肩を並べて街へ歩く。
今日、黒子っち元気ないッス……会わない間に何かあったッスかね……?
少しでも、元気になってもらえるように会えなかった間に仕事現場で起った面白い話をする。
しかし、いつもリアクションが大きいほうでない黒子だが、今日はどこか上の空だ。
交通量がだんだん増え、身軽に移動できる歩道橋を上る。
そっと手を伸ばしてみる。
歩道橋を使うのは、身軽という点だが、本当の目的は、あまりを気にせず手を繋げるからだ。
利用する人は、まちまちで、下を歩く人たちは、上なんて興味もないように歩き去っていく。
付き合い始めてからずっと差し出す手に今日は、温もりが伝わってこない。
立ち止まって黒子を探すと、数段下で立ち止まっていた。
普段影の薄い彼は、さらに影を薄くしていた。
「黒子っち、どうかしたッスか?」
声をかけるが、返事は返ってこない。
「どこか痛いんスか?」
同じ段まで下がり、肩に手を置こうとすると、
「僕といて黄瀬くんは、本当にいいんですか?」
俯き、吐き出すように言う。
「え……?」
「黄瀬くんは、モデルでカッコいいしスポーツもできるから、女の子がたくさん集まってきて選び放題じゃないですか――」
「……」
「だから、本当に僕で……っ!?」
優しく肩に乗せようとしていた手は、必死に彼の肩を掴むものになった。
今、捕まえないと本当に消えてしまいそうだった。
掴まれ、目を見開いてオレを見ている。
「嫌っス! 黒子っちじゃないとオレ嫌っス!!」
「黄瀬くん……」
「オレの周りに集まってくる女の子じゃなく、黒子っちが――」
見つめていた彼の顔が、ぼやけ始めた。
「あれ……?あははっ」
笑いながら手で拭うが、一向に視界が映えない。
すると、両手に温もりを感じた。
「へっ……?」
オレより小さい手が、両手を覆っている。
「すみません、僕が悪かったです。なかなか会えなくて、甘えてみたかったようです」
いっきに視界が鮮やかになった。
「女の子に対しての心配は全然必要なかったようです。だって、黄瀬くんは、僕の彼氏ですもんね?」
そう言い、彼は微笑む。
「そうっス! 俺が黒子っちの彼氏だから、離すわけ無いっス! むしろ、絶対離してあげないっス!!」
包まれていた手を絡ませて、握りかえす。
彼は、さらに嬉しそうになる。
「黄瀬くん……!」
名前を呼ばれたかと思うと、握っていた手をグッと下に引かれる。
「っ!?」
いつもなら、『公共の場ではダメです!』ときっぱり断る彼が、背伸びをして唇を重ねていた。
唇が離れても、呆然としていたオレに、数段先に行ってしまった彼が言う。
「さあ、デート再開しましょう。バニラシェイク奢ってくれるんでしたよね?」
「は、はい!」
オレは、急いで後を追い、二人肩を並べて歩いた。