鳥が、夜が明けたことを告げるように、鳴きながらあちこちを飛び回っている。慌てたように、車や人が行きかう。
 そんな外とは、正反対の空間からその様子を見下ろす。
 教室には、オレ以外誰もいない。校舎内にも、早く来た先生や生徒が数人いるくらい。
 時計に目を向けると、いつもなら、やっと起きる時間。

「はぁ〜……らしくないッスよ、オレ」

 移した視線の先には、水色の紙袋。その中には、綺麗にラッピングがされたクッキー入りの箱。
 オレには、好きな人がいる。初めて、心の底から好きと思えた人。初めて、信じてもいいと思った人。
 毎日、オレなりの愛情表現をしているつもりなのだが、「はいはい、ありがとうございます」なんて、流されてしまっている。
 バレンタインデーという名前を借りて、今日しっかり自分の思いを伝えようと昨日の夜に決心し、クッキーを作った。
 作り終えて、布団にもぐったが、改めて想いを伝えることを考えると変に緊張してしまい、一睡もできず、こんな朝早くからここにいるというわけだ。
 もし、渡して貰ってくれなかったら?告白の答えが曖昧にされたり、ふられてしまったら?
 昨日の夜から、ずっとこのことが、頭を渦巻き留まっている。
 頭を抱え唸っていると、クラスが、少しずつ賑やかになってきた。
 そろそろ、登校したころだろう。
 オレは、自分の席から立ち上がり、告白相手のクラスへ向かおうとする。

「あ、あの……!」

 目の前に耳まで赤くした女の子に、行く手を阻まれしまった。

*    *   *

 校舎裏まで連れてこられた。
 連れてきた本人は、もじもじとして、一向に話を始める様子はない。
 言おうとしていることは分かる。

『好きです――付き合ってください――』

 聞きなれた言葉。
 ふと、目の前の女の子が持っているチョコが、目に入った。
 自分が告白することに頭がいっぱいだったが、今日は、一年の中で一番告白され、沢山のお菓子を貰う日だった。
 相手のことだけを思い、どんな反応をするか考え苦しみながら、自分の思いを告げる日。
 目の前の子もそうなのだろう。これから来るであろう子たちも、この苦しさの中勇気を振り絞ってくるのだろう。
 今のオレも、そんな子達と一緒の苦しさの中にいる。
 いつも、告白されても、どうせ上辺だけ、皆に自慢したいから、とか思っちゃうほうが大きくて、ちょっときつい言い方で断ってきた。
 でも、初めて心から好きだと思える人がいて、その人に思いを伝えるのは、胸が縛り上げられ、破裂してしまうのではないかと感じている。
 自分の思う気持ちを伝えることは、とてもすごいことで、それをされるのはもっとすごいことだったのだ。
 パクパクと何かを言おうとしていた目の前の子が、ついに口を開いた。

「あ、あ、あの!ずっと前から好きでした!付き合ってください!」

 たとえ、どんな酷かったり、歪んだりした気持ちだとしても。

「ありがとう。でも、オレ好きな人がいるんスよ。気持ちだけ貰って行くッス」

 差し出されたチョコを貰い、校舎に戻る。
 早く、早く!
 オレも早く自分の気持ち伝えたい。
 玄関に着くころには駆け足になっていた。
 靴を履きかえようと自分の下駄箱の前に行くと、そこには、所狭しと言わんばかりのチョコが入っていた。
 すべて取り出し、靴を履き替え、チョコを抱えもち、いざ向かおうとしたその時、

「あ!黄瀬くんいた!」
「ほんとだ!」
「え?あ、ちょ……」

 ほんの数秒の間に、女の子に囲まれてしまった。

*   *   *

「ふっふっふ、さすがのオレも学習するんスよ」

 人通りが、全くと言っていいほど少ない廊下を走る。
 朝、あの後、女の子に包囲されてしまい、身動きできず、ホームルーム開始のチャイムが鳴ってしまった。昼休みこ そと思っていたが、順番に告白に呼ばれ、結局いけないまま、放課後になってしまった。
 今週からテスト前ということで部活動停止期間だ。だから部活の時渡すという手は使えない。

「黒子っちいる?」

 気持ちを聞いて欲しい人の教室に行ったが、そこには姿がなかった。

「黒子なら、図書室行こうとか言ってた気がするぞ」
「ありがとうッス!」

 図書室。さすが、読書が大好きな彼だ。
 また、人目を避けながら図書室へと行ったが、時が止まっているのではないかと錯覚するくらいの静けさの中、勉強している生徒が二、三人いるだけで、オレが求めていた人はいなかった。
 ほかに行きそうなところは……?
 頑張り屋な彼のことだから、きっとあそこに行っているだろう。
 一つだけ思い浮かんだ場所へ足を進める。

*   *   *

「黒子っち!」
 
 ガラガラと重い戸を開くと、探していた人は、ビクッと体を小さく震わせた。
 案の定、体育館にいた。

「黄瀬くん、どうしたんですか?」
「黒子っちこそ、今日は、部活ないはずッスよ」

 乱れた呼吸を整えながら、ワイシャツ姿で、バスケットボールを持っている彼の近くへ寄る。

「無性に、バスケしたくなったもので。黄瀬くんは、なぜここに?」

 どくんと心臓が大きく脈を打つ。

「黒子っちに話したいことあったんで、図書室にいるって聞いたから、行ってみたらいなくて、ここかなーと思ってきたんス。そしたら、案の定、居てよかった」

 すると、彼は、オレに屈むように促してくる。
 それに黙って従うと、優しくお疲れ様と頭を撫でてくれた。

 どくんどくん――

 さっきよりも、脈打つ回数が多くなる。

「ところで、僕に話したいことってなんですか?」

 どくんどくんどくん――

 今まで生きてきた中で体験したことのないくらい激しく、早く心臓が働く。

「あ、あの……えっと……」

 顔が真っ赤になっているのが、自分でもわかる。
 オレに告白してくれた子たちは、こんな苦痛に耐えながら告白してくれたのか。
 本当に今まで、馬鹿にしててごめんね
 首を傾げ、オレをジッと水色のビー玉みたいな眼が見つめてくる。

「く、黒子っちのことが好きッス!付き合ってください!」

 手作りのクッキーの入った袋を突出し、自分の中の気持ちをぶつける。
 すると、目の前の人は、数秒固まったが、壁際においていたカバンの中から何かを取り出し、オレに差し出す。

「たくさんの女の子に貰っていたので、いらないと思いましたが……。これが僕の答えです」

 これは、オレと一緒の気持ちと受け取っていいのだろうか?

「えっ、え、じゃあ……」

 彼は、ふふっと微笑みを浮かべる。

「黒子っち!」

 嬉しさのあまり、思わず抱きしめると、抱きしめ返してもらうことができた。

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