三題噺 


 「ヤコ、貴様にこれをくれてやろう」
 ネウロが投げ渡したのはペットボトル入りのソーダ。激しく泡立った中身は歪んだ容器から漏れて半分ほどに減っているが、弥子は笑って受け取った。
「ネウロがおごってくれるなんて、珍しいじゃない」
今日の事件は余程美味しかったのだろう、と弥子は思った。

 学食の美味しさとテストの厳しさが有名な私立高校に通う桂木弥子は、ネウロと名乗る助手を片腕に売り出し中の、女子高生探偵だ。
 しかしその実態は、殺人を引き起こす程の悪意に満ちた謎を主食とする魔人、"脳噛"ネウロに脅され仕方なく探偵役を演じている少々豪胆で勘が鋭いだけの一少女だ。
「そこに落ちてたのを拾ったのだ」
 ネウロが指差した方向にはアスファルトに広がる血溜り。もれなく遺体のオプションもついている。
そのすぐ近くには、甘い匂いの小さな水溜まりが広がっていた。
「……拾った、って……」
 続け様に遺体を見せられた弥子は青ざめる。決して、ソーダが減り続けているからでは無い。
「あれはただの殺人事件だ。我が輩の脳髄を満たす謎など一片も無い」
冷たく言い放つネウロの台詞を聞き流し、弥子は電話を掛けた。
「さ、笹塚さん! 桂木です。また第一発見者になっちゃったんですけど……」
 それを聞いたネウロは、大袈裟に肩を竦めて言った。
「……本当に、貴様という奴は。探偵が犯人だなんて、洒落にもならん」
「何言ってんだコラー!! もー、証拠品触っちゃったじゃない!」
弥子ががっくりしている内に、笹塚と部下の石垣が乗るパトカーが到着した。

 「刑事さん。すいません、先生がお手数をお掛けして」
 ネウロは人が変わった様に、にこやかに出迎える。
「弥子ちゃん、犯人は!?」
「犯人って……。……あ」
テンション高く石垣に訊かれ、狼狽えて遺体の真近に有るビルを見上げる弥子は、屋上に居る青冷めた女性とフェンス越しに目が合った。
「あ、あたしは悪く無いの!! あいつが急に別れ話なんてするから……! あたしの所為じゃ無いんだから!!」
 連行され、パトカーに押し込まれながら自己弁護をする彼女から、視線を逸らしたネウロは詰まらなそうに溜息を吐いた。
「ご協力感謝」
気怠げに言い残した笹塚と、石垣は再びパトカーに乗って戻って行き、入れ違いにやって来た鑑識官にソーダを手渡した。
「……本当に謎の一欠片も無い事件みたいね」
弥子は漸く、今日一日の事件から解放されて安堵の息を吐く。
 一方、ネウロは弥子にとっては不吉な台詞を呟き、顎に垂れた涎を手の甲で拭いた。
「ふむ……。謎が生まれる気配だ……」

20060721




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