アンジュー、トゥーレーヌ、オルレアネを通り過ぎ、四ヶ月程の旅を経て漸く王領イル・ド・フランス、学園都市としての側面も持つ花の都パリへ辿り着いた。
馬上のロランは、懐に大事にしまってある書状に服の上から触れ、両親と兄達の面影を思い浮かべて気を引き締める。
(ここから全てが始まるのだ……!)
 十数世紀前に存在し吟遊詩人達に歌い継がれている、同じ名前を持つ英雄にとってのオリヴィエのような友人と出会える期待と、国の為に死ぬ覚悟は熱く甘やかにどこか幼さの残る彼の胸を焦がした。
下宿人を求めていた遠い親戚のトアル夫人宅を宿に決め、早速目的地である邸宅へ向かった。

 まるで古代の競技場のような前庭では、上半身を四つに区切るように大きな十字架が描かれた、揃いの服を着た人々がひしめき合い、思い思いに猥談や相手から賭で奪い取った物の自慢などを繰り広げている。
「済まないが、カヴォア氏に取り次いで貰えないだろうか」
ロランは一番近くに居た、顎先に髭を生やし針葉樹のように黒い髪先を散らした青年に声を掛けた。
 青年は不躾にロランの頭の天辺から靴先まで視線でなぞってから問う。
「入隊希望者か?」
ロランの目指していたそこは、カヴォアの住居であり、リシュリュウ親衛隊詰所を兼ねていた。

 「僕をリシュリュウ親衛隊に入隊させてください! 父からの推薦状も有ります」
 ロランは旅の間ずっと懐にしまっていた書状を、親衛隊隊長のカヴォアに恭しく差し出した。
推薦状を見たカヴォアは応えた。
「君ならどこでも歓迎されるだろうに、何故ここに? 名声が目的ならば、うちとは少しばかり仲の良さには問題が有るが、銃士隊を選ぶのではないかね」
「いえ! 親衛隊に入らせて下さい!」
家と領地を継ぐ機会のない貴族の次男三男などは、手柄を立てて国王から新たな爵位と土地を授けてもらう為にパリへやって来る。
 しかしロランは最新式の武器が支給される名誉ある国王直轄の銃士隊よりも、枢機卿管轄下の親衛隊に入る事を強く望んだ。
「ならばまず、他の隊で少なくとも五年は過ごし、最低でも一度の兵役をこなして貰おう」
「解りました!」
「推薦状は私が書いてあげよう。頑張りたまえ」
「有難うございます!」
親衛隊隊長から直に激励の言葉を掛けられただけでなく、光栄にも推薦までして貰えると知り、ロランは両かかとを打ち鳴らした。

 「やあ、君!」
 隊での訓練を終えて家に戻ろうとしていたロランは、カヴォア邸で案内を頼んだ黒髪の青年を含む数人に呼び止められる。
 後に三十年戦争と呼ばれ不定期に小競り合いが続いていたこの時期、配属されて半年足らずのロランも既に数度の軍役に就いていた。
数年前の出来事ながら、いまだに語り草になっている三銃士とダルタニヤンの活躍に及ぶはずもない補助的な軍務だが、これで残り四年半生き延びればロランは希望する隊に配属される機会を得られる。
「こんにちは、皆さん」
 彼等は十八歳になったばかりのロランを、暇潰しを兼ねて、なにくれとなく気に掛けている。
各々私服や親衛隊の制服の片肩にマントを掛けた粋な顔馴染み達に、明るく微笑んで応じたロランだが、彼等の目的を聞いて軽く動揺した。


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