ジョルジュは宿主が貸し与えてくれたカビ臭く固くて薄い毛布の下で身動ぎした。
カビ臭さなど気にならないくらいに廐は馬の体臭と発酵する馬糞の臭いに満ち、敷いた藁は毛布の固さなど話にならないほど固く、どれほど薄くても修道服一枚で眠るよりは遥かにマシなほどに底冷えする寒さだった。
「神よ……試練に感謝します」
同行している修道士が歯を鳴らしながら呟いた。
 しかし年若いジョルジュは彼ほど達観していなかったので、心の中でベルモンドを恨んで歯噛みした。
(どうして奴だけ、のうのうと……!)

 二人一組の肉体と精神の修行を主体とした布教活動の旅は過酷で、サンダルで修道院から出掛け、帰る頃には裸足になっている事も珍しくない。
二世紀ほど前に聖ザビエルが訪れた小さな国にも『タクハツ』と呼ばれる似たような文化が有るという。

 いつの頃からか、亡くなった聖人の近くに埋葬される事で復活の際に恩恵を受けられると信じられるようになり、修道院や教会に地下祭室クリプトが造られ、聖人や聖遺物と共に、多額の寄付金を払える王や貴族達の遺体が安置されるようになった。
 ジョルジュの居るリヴィエール・サン・ミシェル修道院の地下には、ここで命を終えた修道士達の骨と、生きている魔女しか居ない。
猊下の特例で拷問吏をしている魔女は、産まれてこのかた地下から出た事が無く自分の髪の色に似た夕陽を知らず、ジョルジュが唯一の友であり、大人の喉笛を噛み千切り吹き出した血を浴びながら「血とは暖かいものなのだな」と言った。

 思い出して寒さとは違う鳥肌がたったジョルジュは呻くように言う。
「祝福に感謝します」
病気や苦痛は神からの試練であり、試練が与えられた事がすでに祝福なのだ。
(眠ろう。このまま修道士で居たいなら、大罪の誘惑に負けてはいけない)
底冷えのする深夜、凍えながら夜明けを待った。
 しかし翌日になっても、気温が上がらないだけでなく雪まで舞っていた。
太陽の光が出ているかどうかの薄暗い中で二人の修道士は起き出し毛布を畳み、丁寧に一宿の礼を言って建物から出て行った。

 「旅の修道士が来ていると聞いてね」
 長めの髪の毛先を部分的に束にまとめた健康的で穏やかな雰囲気の青年が、いつも通り路上で宣教するジョルジュ達に声を掛けた。
「よけてろ、ダルタニアン」
「ポルトス?」
顔を横切る大きな傷の有る青年が、修道士に声を掛けた青年の肩を掴んで止めた。
二人とも、腰に吊るした剣が馴染んでいる。
「ここは俺が訊いておく。お前はどこか暖かい所で甘ったるい酒でも飲みながらのんびりしてろコラ!」
「ああ、そうだな。後で皆で行こうとしよう」
 修道士の中にも元はどこかの隊員や、警官だった者もいる。
近衛銃士隊の中でも三銃士とあだ名される人々と、彼等と共に活躍した年若く大胆な青年の名は、修道院の中にも伝わっていた。
「ダルタニアンさんとポルトスさんですね。三銃士のファンなのですか?」
「その本人だぞコラ」
「修道士が来ていると聞いてね」
 修道士のとぼけた質問に、微笑んで言うダルタニアンと苦虫を噛み潰し味わっている真っ最中のような表情のポルトスは、まるで解りやすく描かれた対比のようだ。
「告懈でしたら、どうぞ教会へ行って下さい。僕達はまだ修行中の身。懺悔司祭の資格を持っていません」
「教会には追い追い行くとして、その前に君達に訊きたい事が有る」



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