「三成ー」 「……なんだ」 馴れ馴れしくするなという意味を込めて前田を睨むが、この阿呆には通じないらしい。 「あのよ、これ……」 「数一の教科書がどうした」 私たちは今二年だ。 数一の教科書は使わん。 なぜそれを俺に見せる。 「いや、そこじゃなくて、名前だよ、名前」 「名前?」 名前を見ると、そこには『石田なまえ』と書かれていた。 「あの……女ァ……!」 前田から数一の教科書を奪い取り、一年の教室へと向かった。 何度言っても懲りぬ奴だ! この前も性根を叩きなおしてやったばかりだというのに! 「馬鹿犬!」 「ほへ?」 机に顔を伏せて惰眠を貪っているなまえの髪の毛を引っ張って顔を無理矢理上げた。 ……なんだこのだらしない顔は。 ほぼ本気の力で髪を引っ張ったのに、なぜこのような顔が出来る。 こいつには痛覚は無いのか。 「あっ、三成先輩っ!」 目が覚めたなまえは、急に目を輝かせた。 ……この顔も十分だらしないな。 「わっ、私に会いに来てくれたんですかっ!?」 「……ああ」 「きゃーっ! 遂に私への愛の告白をする決意を……?」 手で顔を覆って左右に顔を振った、馬鹿な目の前の女。 どういう風に育ったらこんな前向きになれるのだ。 思い込みが激しすぎるだろう。 私のこの雰囲気で、貴様に有利な話が出てくると思えるのか。 「貴様の名はなんだ」 「へ? なまえですよ。勿論苗字は、い・し……どぅわぁっ!?」 反射的に手に持っていた教科書でぶった。 「貴様の名はみょうじなまえだろう」 「それは旧姓ですって!」 「今度は往復でぶたれたいか」 「ひっ!」 もう一度構えてやればなまえは頭を両手で抱え込んで護った。 「け、けどっ、これも愛情の裏返しだと思えば、百往復でも耐えられます!!」 「来世ではまともな人間になれ」 「うっ、嘘です!! か、軽い茶目っ気じゃないですか! あははは!」 大きく振りかぶると流石に殺気に気付いたのか、顔を蒼くして空笑いしたなまえ。 そうやっていつも謙虚にしていれば良いのだ。 「ううっ……わかりましたよぉ……消せばいいんでしょ、消せば……」 私から教科書を受け取りカッターを取り出した。 「何をするのだ」 「消します……手持ちには除光液とか水性ペンとかないですし……カッターで削るしか……」 涙声になりながらカッターの刃を出して『石田』の部分を削ろうとしたなまえの腕を掴んだ。 ……何をやっているんだ、私は。 これはこいつの教科書だ。 傷だらけになっても、削りすぎて穴が開いてもどうでもいいではないか。 「三成先輩?」 不思議そうな顔をして首をかしげたなまえ。 「……時間が掛かる」 「え、けど……」 「どうせ貴様はまた同じような事を繰り返すのだろう。ならば、もう消さずとも良い」 ああ、俺は一体何を言っている。 こんなこと言おうと思ってなどいない。 脳よりも口のほうが早く動いているようだ。 またこいつが調子に乗ってしまう。 なまえの顔を見れば、顔を真っ赤にして酸素を求める魚のように口をパクパクしていた。 「つ、つ、つ…………ツンデレェェエエルゥアアアア!!」 そのまま椅子ごとひっくり返り、裏返っただんご虫のようになった。 ああ、鬱陶しい。 「……いっ、一生お慕いしてます……三成先輩……!」 鼻血と垂れ流しながら言ったなまえの横目で確認し、踵を返し教室を出た。 「……当たり前だ、馬鹿犬」 なんやかんやで、相思相愛 (どうして私はこいつに、こうも甘いのだ) [戻る] ×
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