22 奪還 東京○×ホテルにて。 「やはり、似合っているな」 「な、何回言うんですか……」 朝から今川が雇ったスタイリストさんたちが家にやってきて、ドレスアップしてくれた。 懸念してたドレスは案外というか、めちゃくちゃセンスが良かった。 このドレスは絶対息子が選んだんじゃないって確信してる。 こいつにこんなセンスがあるなんて思えない。 席についても息子は私を褒めちぎる。 こんなに似合ってるだとか可愛いとかいわれると、いくら気の無い相手でも照れてしまう。 くっそー、なんか悔しい。 「うまい飯も食えて、綺麗なお前がいて、最高なはずなのにな」 息子が不服そうにグラスを傾ける。 その視線は窓の外だ。 まあ、確かにこの天気じゃ、テンション上がらないよね。 「吹雪いてますね」 外も何センチか積もってたし。 このままじゃ電車とか公共交通機関がストップしそうだな。 宮城だったらこれくらいじゃ通常運行だけど、東京じゃそうはいかない。 「はあ、まあお前がいるからいいか」 「えっ……」 グラスを静かに置いた息子。 おいおいおい。 いくら勝負掛けに来てるからって、いつもと雰囲気とか言動が違いすぎる。 そりゃ、こいつは腐っても大金持ちだ。 それなりの雰囲気は持ってる。 このホテルの雰囲気にも溶け込んでる。 だけど、胸が締め付けられたなんて認めない! これはあれだ。 一種の吊り橋効果だ。 だって、こんな私には一生関係ないって言っても過言でないところに来てるんだ。 びびって心臓が高鳴ってるからだ。 だって小十郎さんだったら、ごみ屋敷の中で言われたって胸が締め付けられる。 ……これは認める。 小十郎さんに、お前がいるからいいか。なんて言われたら卒倒する自信がある。 「……なまえ?」 「へっ!? あっはい」 「どうかしたか?」 「いや、あの、緊張してしまって……」 違う男のこと考えてたなんて言えるわけないから、適当にごまかす。 「そうか、じゃあデザートも食べたし、行くか」 「え?」 何処に、と聞く前にカードキーが差し出された。 「これって……」 「最上階に部屋を取ってある」 意味が分からないほど私は純情じゃない。 これは、そういうことだ。 「っ、えっと……」 言葉に詰まる。 これはどうしたらいいんだ。 いや、プロポーズされるってことは覚悟してたけど。 まさかこれだとは。 予想外に思考が停止する。 なんて返せばいいんだろう。 「これも受け取れ」 カードキーの隣に置かれたのは、ベルベット生地の正方形の箱。 中身を見なくても、分かる。 婚約指輪だ。 ってか、出す順番間違ってるよね。 これも受け取れ、って飴玉渡すようなノリで言われても。 動揺してしまって、膝に置いてる手が動かせない。 私の想定不足だ。 ちゃんとあらゆる状況を考えておけばよかった。 「式はやっぱり六月がいいか」 「え!?」 「俺は今すぐでもいいが、女はそういう時期とか気にするんだろう」 「え、ちょっ」 「心配するな。ちゃんとお前の意向を受け入れる。今度は一緒にドレスを選ぶか」 「……は、はあ」 だめだ。 さすがにここまでくると、私の想定不足じゃない。 結婚することはもうすでに決定事項だなんて、誰が予想できる? まさしく私の予想を斜め上を行く男だ。 何処からその自信が湧いて出るのか教えて欲しい。 「まあ、部屋でゆっくり話せばいいか」 「はい?」 「行くぞ」 「ど、何処へ?」 聞かなくても分かる。 けど、聞かずにはいられない。 立ち上がった息子を眺めながら、一筋の希望に縋りつく。 「決まってるだろう」 指された。 いや、指されたのはカードキー。 「……ははっ」 そーですよね。 「早く立て。行くぞ」 動かない私に痺れを切らしたのか、引っ張りあげられて、無理矢理立たされた。 急いで開いた手で婚約指輪とカードキーを手に取る。 ああ、こんなときでも金目の物はちゃんと持つ自分が恥ずかしい。 「まっ、こっ、心の準備が!」 「そんなもの部屋ですればいい」 「そ、そんな……!」 エレベータに向かう足取りを止めようと踏ん張っても、踵の高いヒールを履いているので無駄な抵抗となってしまう。 エレベータに乗ってしまえば、本当に後戻りできなくなると警鐘が鳴る。 何とかしなきゃ、どうしよう。 「あ、あの、ほんと一分でいいんで待ってください」 「無理だな」 遠慮なしに引っ張る息子。 肩外れるわ! どうしよう、どうしよう。 どんな対策も思いつかないままエレベータの前に着く。 すぐにエレベータのドアが開いた。 「行くぞ」 「あ、うっ……!」 息子はもうエレベータに乗ってる。 これに乗ってしまえば、もう本当に後戻りは出来ない。 ライオンに食われるのと同じだ。 いや、ライオンのほうがまだ何百倍もマシ。 こいつだけは、絶対に、嫌だ。 エレベーターガールが怪訝な顔をしてるけどそんなのお構いなしだ。 踏ん張っても、大理石のせいで引きずられていく。 「早く来い!」 「い、いや!」 「お前に、拒否権はない!!」 「っ、わっ!」 今までよりも何倍もの力で引っ張られて、つんのめってしまった。 身体がエレベータに入っていくのがスローモーションに見えた。 終わっ…… 「悪いが、返してもらう」 息子に飛びつく前に、腰に何かが巻きついて、エレベータの外に戻された。 何が起きたか分からない。 振り向けば、肩で息をしたあの人。 肩が濡れてて、ところどころに雪が積もってる。 「誰だ貴様!!」 息子の怒鳴り声が遠くに聞こえる。 「片倉小十郎だ」 「片倉ぁ? ……伊達か!? 伊達無勢が今川に楯突いていいと思っているのか!」 「今は伊達は関係ない。片倉小十郎ただの一人の男だ」 「黙れ! なまえを返せ!」 なんで、ここに。 意味が分からない。 「なまえを手放す気は無い」 小十郎さんは私の手の中にある結婚指輪とカードキーを取り上げて息子に近づいた。 「っな、なんだっ!」 息子は小十郎さんの面構えに怯んだのか、二、三歩下がる。 「これは返す」 無理矢理手に取らせて小十郎さんが私のほうに帰ってきた。 「行くぞ」 小十郎さんに引っ張られて、私も躓きながらも着いていく。 息子の乗ったエレベータの扉が閉まった。 踏ん張る力は微塵も無い。 髪が濡れて少し乱れてる。 バーバリーのコートも濡れて肩や裾の色が違う。 繋がれた手が氷みたいに冷たい。 この吹雪の中、私のために来てくれたことが一目瞭然だ。 (ああ、王子様) [戻る] ×
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