21 不安 夜中の一時。 寝ようと部屋で準備してると電話が鳴った。 この非常識な時間に電話を掛けてくる奴は一人しかいない。 発信元を確認すると、予想通り馬鹿息子だった。 出たくないけど、無視すればこの息子は出るまで電話を掛けてくる。 選択肢は一つしかない。 ため息をついて、電話に出る。 「はい、山本で……」 『なまえ! 今週の土曜出かけるぞ!』 「え、はい!?」 今日木曜日なんだけど! ……あ、日付かわったからもう金曜日だ。 って、明日じゃん!! 『東京の○×ホテルだ!』 「っええ!?」 ○×ホテルって言えば、超高級ホテルなんじゃ……。 よく世界中のセレブ御用達って、テレビで言われている。 「そ、そんな、無理です! そんな高級なところなんて私には身に余ります!」 『俺がいるから心配するな!』 お前がいても無理なのは無理なんだよ! 絶対嫌だ、マナーとかすごく厳しそうだし。 「そ、それに、私着ていく服なんて持ってません!」 あんな高級なところへ行くんだったら私の私服じゃ門前払いだ。 ガードマンに鼻で笑われる。 『それも心配いらん! もう見繕ってある!』 「え、いやだ……あっ! そ、そうなんですか!」 ついつい本音が……。 だいたいアンタが選んだ服なんて着たく無い。 センスがいいとは言えない。 異様にフリフリだったりとか、露出が高かったらどうしよう。 ってか、もう見繕ってあるとかどんだけ用意周到……。 断れないようにしたってわけか。 ああ、馬鹿の癖にこんなことには気がまわるんだな。 どうせ幹部連中の言われたとおりにしただけだろうけど。 『お前は身一つでいい。じゃあな!』 そう言ったかと思うと、通話が切れた。 「……はあ」 ぱたん、と携帯を閉じて放り、ベッドに身を預けて天井を見る。 「プロポーズ、されるのかなあ」 可能性は高い。 今まではそんな高級なところになんか行ったことなかった。 馬鹿息子は庶民のデートとやらがしてみたかったようで、ベタに映画だとか水族館だとかしか行かなかった。 ああ、急にこんなデートにかわるなんて、これは決めに来てる。 幹部連中も焦ってることが丸分かりだ。 「腹、括らなきゃなあ」 嫌われようとしても、全然嫌ってくれないし。 馬鹿息子は鈍感っていうかなんていうか。 がに股で歩いても一向に気づかないし。 下品な笑いかたしても、顔色一つ変わらないし。 周りの人は私を見て笑ってたのに。 ……一体何なんだ。 自分のことしか興味が無いのか。 あんたのせいで私はいらん恥を掻いてしまったじゃないか。 寝返りを打ってうつ伏せになる。 枕に顔を埋めれば、浮かんでくるのは小十郎さんの顔。 「こじゅうろうさん」 いま何してるんだろう。 何思ってるんだろう。 もう切り替えて仕事に集中してるのかな。 『好きだ』 「ううっ」 あの声が、何度も何度もリピートされる。 私のほうが、好きに決まってる。 会社のために、私はあの糞ガキと結婚しなきゃいけない。 けど、もし。 もし、小十郎さんが来いって言ってくれたなら。 私は全部捨てでも小十郎さんのところに行くよ。 たとえ会社を、お館様を、お父さんをみんなを破滅に追い込んでも、小十郎さんの元へ行くよ。 たった、たった一言小十郎さんが口にするだけで私は……。 「あーっ!」 何考えてんだ。 そんなことあるはず無いのに。 無駄な期待は身を滅ぼす。 さっさと現実を受け入れろよ、私。 小十郎さん、小十郎さん。 好きだよ、ずっとずっと。 死んでも好きでいるって断言できるぐらい。 「ああもう」 顔を枕に鼻がつぶれるくらい押し付けて流れていく涙をごまかした。 明日には寒波が来るって天気予報が言ってたけど、私の心のほうがよっぽど寒い。 寒さを和らげてくれる人なんて、いない。 (いっそ凍死してしまったほうがしあわせなんだろうか) [戻る] ×
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