蝉声 | ナノ



12 往訪


「おお、やはり伊達商社! 大きな家でござるなあ」
「こら窓から顔を出さない!」



騒いでる二人に気づかれないようにため息をつく。

特に真田君にばれたら面倒だ。




窓の外を見れば、夕焼けの中に見える懐かしい屋敷。


政宗に会うまではここは幽霊屋敷って思ってたんだっけ。

今考えたらありえないのに。




車が止まると同時に門が開いた。






「Welcome!」



政宗が立っててテンション高く言った。




「お久しぶりでござる! 政宗殿!」
「Long time no see.真田幸村! 元気そうだな」
「はい! 政宗殿こそ息災でなによりでござる」



笑いあう二人。
なんか、腕試しの話してるし。


ってか。




「あの二人知り合いだったの?」
「あーうん。ちょっとした接点でね」
「ふーん」




知らなかったな。
なんか、政宗楽しそうだし。


ってか、私よりも真田君を優先するなんて。




ほんのちょっとジェラシー。





後で手合わせしようぜ! なんて言ってる政宗たちを眺めてると声がした。





「本日はお越しいただき真にありがとうございます」







自分でもびっくりするくらい肩が跳ねて動けなくなった。
佐助も私の予想外の動きに驚いたようで、私の顔を覗きこんだ。




どうしよう見ないで欲しい。
絶対顔赤い。


心臓が張り詰めてうまく息できない。





私の顔と、背にいる声の根源を何度か交互に見て、納得したようにふーん、と言った。







「そういえばなまえの出身ってここら辺だったよね」
「う、うん……」
「あの伊達政宗と幼馴染だったとか」
「……うん」





佐助は俯き気味の顔を何度か撫でて確信したように言った。






「お泊り拒否の理由、これだよね」








声が出せなくて大きく頷いた。








「世話になるな!」
「輝宗様がお待ちです、どうぞ」
「どうだ、輝宗殿は息災か」
「はい、元気すぎて困るほどです」
「はっはっは、そうかそうか、それは良かった!」





荷物を使用人さんに預けてお館様と小十郎さんが話しながら宴会場へ向かっている背を佐助と並んで追う。

政宗と真田君は多分お父さんに連れられて後で来るはず。








「なまえも苦労してるんだね」
「……まあね」




佐助に追究しようとする姿勢は見られない。



ほんと、優しい。




私が小十郎さんに出会ってなかったら確実に惚れてた。
いいやつ過ぎて泣きそうだよ。




なんて思っていると、真田君と政宗がお父さんに連れられて来て、宴会場に着いた。



「よく来てくださったな! 信玄殿」
「息災で何よりだ、輝宗殿!」




軽い挨拶を交わしたのを確認すると、小十郎さんはおじさんとお館様に邪魔にならないところに正座した。




「輝宗様、夕食はいかがされますか」
「ああ、もう運んでくれ」
「かしこまりました」



頭を下げてから私たちの後ろにある襖を出るために歩いてきた。




流れる所作に目を奪われていると、小十郎さんと目が合った。






「あ……」
「…………」




すぐ逸らされた。


……やっぱ、そうだよね。





俯いて拳をつくる。




「Hey,なまえ」
「う、わっ!」




いきなり後ろから肩を組んできた。
タックルされたぐらいの衝撃だったんだけど。




「Are you OK?」
「ノー」
「けっ、下手糞な発音だな」
「うっさいなあ」
「それよりよ、この前どうだった?」
「……別に、特に何も無かったよ」
「Shit! なんだよ二人揃って同じこと言いやがって!」





……小十郎さんも、同じこと言ったんだ。
なんだか嬉しい。





「吐けよ」
「やだね」
「吐け」
「いや」



政宗と睨み合う。





「吐いたほうが身のためだぜ、kittey」
「黙秘権を行使する」
「ちょ、なまえ?」



佐助が心配そうな顔をしてるけど無視。


今は臨戦態勢だから。





「吐け!」
「うひゃっ! ちょっ、まっ、あはは、まって、まって、ひゃあああ!」
「おら、やめて欲しかったら吐け!」




政宗にわき腹を揉まれる。


所謂、こちょこちょというやつだ。

こ、こいつ、まさかこんな手で繰るとは、卑怯な!



あまりのくすぐったさに畳に転がる。
多分みんな私たちに注目してるんだろうな。
パニック起こしてて確認できないけど。




「お、おねが、っあははは、は、はな、はなす……」
「絶対だな?」
「ぜった、ぜったい!」
「OK.取引完了だ」
「はーっ、はーっ……と、取引っていうか、拷問だよね、これ」
「Ah? なんか言ったか」
「何にも!」



こちょこちょの構えを見せた政宗に必死で謝る。
またやられたら堪ったもんじゃない。





「吐けよ」
「あ、後でね」
「もう一回してやろうか」
「だ、だって、こんな人前で言うもんじゃないでしょ!」
「まあ、そうだな。じゃあ、宴会終わったら聞かせろよ!」
「イエッサー!」



隣に座る政宗に敬礼した。






「なまえ、わしのところにも来い」
「え、何でですか? おじさん」
「政宗だけずるいぞ。わしにもこちょこちょさせろ」
「はあ!? 行くわけないじゃないですか」




このエロじじい。
馬鹿じゃないの。

どうせ、自分より若い女を触りたいだけでしょ。




ぶーぶー文句言うおじさんは無視しておいた。
お館様と世間話でもして盛り上がってろ。





「ってかさー、めちゃくちゃ仲いいよね」
「そう?」
「うん。二十超えた男女が普通擽り合いなんてしないでしょ」
「うーん、政宗とは小さいころからずっと一緒にいたしなあ」
「けど十年も会ってなかったんじゃないの?」
「ま、俺らにはその程度のblankは関係ないってことだ」





そういうことじゃない? と政宗の言葉に賛同して佐助に笑いかけた。




けど佐助は興味なさそうにふーんとだけ言った。
自分から聞いてきたくせに、なんなの。




ま、こんなときに言うことでもないからまあいっか、と思っていると料理が運ばれてきた。









++++




宴会が始まって約二時間。


みんな結構出来上がって、わいわいと楽しんでいた。



私はお酒は極力控えて、おじさんに無理やり宴会に参加させられた小十郎さんをばれないように眺めてた。
みんな私にお酒を勧めてきたけど、必死で断った。



だって、酔っ払ったところなんて小十郎さんに見られたくない。



これ以上、嫌われる要素を増やしたくない。






もう一度小十郎さんを見た。




小十郎さん、楽しくなさそう。


……私がいるから、だよね。

だって、宴会に参加するのもかなり嫌がってたし。





ああ、やだなあ。





「佐助」
「んー?」



珍しく酔っ払っている佐助に声をかけた。




「少し外行って来るね」
「りょーかい、気をつけてねー」
「ありがと」





財布と携帯だけ持って屋敷の外に出る。

あ、佐助以外の人に外出るって言ってないけどいいか、別に。
どうせ自分たちだけで盛り上がって話なんて聞いてくれなさそうだし。




佐助が何とか言ってくれるだろうし、心配ないか。







門を出て、昔の私の家の方角に歩く。





どうしようかな。

あの空気に耐えられなくて出てきたけど行くとこ何にも考えてなかった。
まあ、あの場で気まずさを感じてたのは私だけだろうけど。




勝手に小十郎さんを見て、馬鹿な被害妄想して居た堪れなくなっただけのに。



小十郎さん私のこと何にも思ってないのに。






そこまで考えて、頭を慌てて振った。




やめやめ。
こんなこと考えるのはよそう。




小十郎さんのことを考えるのをやめるのに、無理やり懐かしい景色に目をやる。






あ、そういえば、この先に死んだお父さんとよく行った居酒屋があったなあ。
居酒屋のおじさんにも良くしてもらったっけ。





どうせ行くとこないし、寄って行こうかな。
遠くで引き止めるような蝉の声が聞こえた。



(誰もいないところで、酒に浸りたい)
[ 12/25 ]
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