11 煩悶 「……はあ」 「またため息? しつこいねー」 「だって……」 今日は佐助とランチに来ている。 友達と行く予定だったのに、彼氏が近くに営業に来てるから一緒に食べるって。 ああもう、この頃どんどん惨めになっていく気がする。 いいなあ、彼氏。 いちゃいちゃしてるんだろうか。 ってか、そんなこと考えてると余計惨めになるからやめだ、やめ。 「まあ、衰退してきてるとはいえ、あの今川財閥の御曹司に好意を持たれるなんてねえ」 「嫌な予感がするのは、自惚れだと思う?」 「いんや、普通じゃない? 世間知らずの坊ちゃんにあんなこと言われたんだから求婚されたも同然じゃない?」 「ああああ〜っ!」 頭を抱えて机に突っ伏す。 何もしてないよね、私! ただ案内しただけだよね? しかも、案内したのって結局食堂だけだったのに。 その短時間でなんで好意を持たれるの!? 惚れ易すぎでしょ! 「今川のおっさんも自分の子供と武田の幹部の子が結婚すれば自分の会社は織田に対抗できる力を持てるし、好機だと思ってんでしょ」 「それ、政略結婚……」 「けどねえ、このままなまえが落ちれば恋愛結婚じゃん」 「それはない!」 あんなわがまま息子と結婚だなんて考えられない。 ストレスでハゲる。 絶対にハゲる。 ハナから性格が合わない。 わがままだし。 自分勝手だし。 うるさいし。 必要以上に話すし。 空気読めないし。 小十郎さんとは全くの正反対。 ……って、何でここで小十郎さんが出るの。 なしなし、今のなし。 そうだ、外見だって好みじゃない。 なんかびっくりするくらい色白だし。 童顔だし。 苦労を知らなさそうな顔だし。 身体だって筋肉質じゃない。 むしろ少しふっくらしてる。 ……ああもう。 小十郎さんと全く正反対。 「はあ……」 やっぱり私のドストライクは小十郎さんなのか。 ああやだなあ、もう。 会いたいとか思ってる自分に嫌悪。 会いたいっていうか、見たい。のほうが正しいな。 小十郎さんは私に気づいて欲しくない。 陰から見たい。 「あーあ……」 「なんか戦ってるみたいだね、心の中で」 「うん」 「勝てた?」 「負けた。ボロ負け。一発KO」 「あはー残念」 佐助は残念だなんて絶対一欠けらも思ってない笑顔でコーヒーを飲んだ。 「来週の土曜辺り、友達とケーキバイキングにでも行こうかな」 めちゃくちゃ食って少しでも気を紛らわせなきゃやってらんないよ。 彼氏とデートが入ってても無理にでも参加させてやる。 「あれ、聞いてない?」 佐助が驚いたようにカップを置いた。 「来週の土日お泊りだよ」 「は? 何それ」 集中研修でもあったっけ? いや、そんなものは無い。 だってそんなこと聞いたことない。 「なまえ、伊達と会食したときに一段落ついたらお泊り会的なことするって聞いてたんじゃないの?」 「あ……」 そういえば、そんなこと言ってた。 ……マジか、そんな軽い冗談みたいなことが本当に実行されるなんて。 「一段落、したの?」 「ほら、あのおっきなプロジェクト終わったじゃん」 「……ああ、あれ、ね」 「あれ、乗り気じゃない?」 「……うん」 行きたくないに決まってる。 いや、政宗とか小十郎さんに会えるんだから、行きたいのが本音だけど行ったら絶対傷つく。 また辛い思いするくらいなら行かないほうがマシだ。 「誰が行くの」 「大将と山本の旦那でしょ、俺様と真田の旦那となまえらしいよ」 「私、不参加で」 「なまえは息子からの絶対条件らしいよ」 「……政宗」 どうせ小十郎さんと合わせようっていう魂胆なんでしょ。 ほんっとに余計なことしやがって。 断ればまた壷のこと出してくるんでしょ。 ……行くしかないじゃん。 「次から次へと……」 何でこんな悩み事がいっぱいあるかな……! 「なんかなまえも大変だね」 「うん。本気でハゲそう」 「あは、それはやばいね」 佐助は苦笑いした。 「あーもう、助けてよ佐助ー」 「どっちを?」 「どっちも」 「俺様、何でそんなにお泊りが嫌なのかはわかんないんだけど。今川に好かれるのが嫌なのは分かるけど」 「あー……まあ、いろいろあって」 説明するのは面倒くさいし。 ってか、人に話したいような出来事じゃない。 佐助には悪いけど言えないや。 「ま、無理には聞かないけど」 「ありがと。佐助のそういうとこ好き」 「なら、俺様と付き合う?」 俺様、尽くすよ? と首をこてんと傾けて言った。 「はっ、何言ってんの。かすがちゃんは?」 「あはー、遠い目したくなっちゃう」 「また何かあったんだ」 「まあね。って、俺様のことはどうでもいいからなまえだよ」 「え、何が?」 オレンジジュースを飲んで渇いた喉を潤す。 これ飲むと、映画館でのこと思い出す。 よっぽどオレンジ飲んでたのが印象に残ったのかな。 「今川からプロポーズされたらどうすんの?」 ポップコーンのバターしょうゆ味も覚えてるなんて。 ちがう! 自惚れるな! あれだ、小十郎さんは昔から記憶力がいいじゃん。 一度会った人の顔と名前はほとんど覚えてるし。 だから覚えてただけだ。 「ねえ、聞いてる?」 会わないとどんどん自分の良いように思考が進んでしまう。 ほんと馬鹿だ。 わざわざ傷つくほうに考えるなんて。 どうせ今度会ったら目も合わせられないくせに。 「なまえ!」 「うおわぁ! な、なに?」 「全然聞いてないし。……てかさ、もっと色気のある声出したら?」 「うっさいな。で、何の話だっけ」 「……今川にプロポーズされたらどうすんの、って話」 「はああ!? ありえない! 断る! 断固拒否!!」 両腕で×を作って身を引く。 気持ち悪いわ。 ありえない。 何でそんな当たり前のこと聞くの。 あいつと結婚するぐらいなら一生独り身でいたほうがマシだ。 「なんで? 玉の輿じゃん」 好きなもの何でも買ってもらえるし、毎日三ツ星級の料理だよ? と他人事のように言った佐助。 まあ、確かに他人事だけどさ! 「……佐助が私の立場だったら?」 「舌噛んで死ぬ」 ……即答。 「けどさあ、やっぱり今川は全力でなまえを迎え入れようとするよ」 「ええー。それは考えすぎじゃない?」 「いやいや、今川は藁にも縋る勢いなんだからさ。武田と少しでも長く強く繋がってたいわけよ」 「……けどさ」 「それに、他から見て恋愛結婚のほうが体が良いしね」 「なんで?」 業界の政略結婚なんて日常茶飯事、ってか当たり前のことなのに。 「そりゃ、政略結婚だと今川が武田に縋りついて、何とか保ってるんだな、ってすぐ感づかれるでしょ」 「あー……」 恋愛結婚だと、会社のこととか関係なく結婚した。だから、まだまだ今川と武田は同等だって思わせられるってことか。 ……今川も自分の財閥の経営状態が危ういってことわかってるんだね。 「もう周りに付き合ってるって吹いて回ってたらどうする?」 にやにやと至極楽しそうに言った佐助。 周りって、そういうトップクラスの会社にだよね? 想像して血の気が引く。 「外堀から埋めていかれて、逃げられなくなっちゃうよねー」 「……うわ、ああ」 それって絶対伊達にも伝わるよね。 って、ことは……小十郎さんにも。 いやだ、そんなの聞かれたくない。 私自身は望んでないのに。 ……祝福されたらどうしよう。 立ち直れない。 「ま、そんなことはないだろうけど」 「あああ……」 「あれ、なまえ? あらら、本気で悩んでら」 私が結婚するとか、付き合ってる、とか小十郎さんが聞いたらどう思うんだろう。 (……悲しんでなんか、くれないよね) [戻る] ×
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