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02 女殺しのカクテル



だれ?
こんなイケメン見たことないんだけど。

自分の席と間違えてるんじゃ……。



「えっと……席、間違われてませんか?」
「なんで?」
「な、なんでと言われましても……」



あんたも私のこと知らないでしょーが。
それが一番の証拠だってのに、なんで? って聞かれても……。

この人、もしかし無くても酔ってる?



「あんた、俺様と一緒に来たじゃん」
「私はですね、あなたと正反対の人種の御宅田さんという人とここに飲みに来ているんです」


だから、私はあなたの事は知らないですし、あなたも私のこと知らないでしょ?
なんて一からちゃんと教えてあげる。

酔っ払いにはこうやって教えないと怒り出したりする危険があるからね。


これが入社して二年目の私が会得したスキル。
結構酔っ払いを相手にするのは慣れてる。



「ぷは……っ、やっぱあんたって面白い……」
「は? え?」


いきなり笑い出したんだけど!
何も面白いこといってないよね、私。

一体何が面白いの?

この人、笑い上戸?



「あの、すみませんけど……」
「ほんとに、御宅田なんて苗字の奴いると思う?」
「え? いきなりどうしたんですか……?」


自分の席に戻ってください。って言おうとしたのに遮られた。

てか、この人ほんとに何言ってんの?


呆れてると、私に近付いてきた酔っ払いのイケメン。


「ね、ほんとに思ってる?」
「ああああ、あの! は、初めは思ってなかったけど本当にいるんだからしょうがないじゃないですか!!」


顔が近い!!
こんな美形を近づけられたら困る! 非常に困る!


正直に答えて、後ろに下がる。

けど、酔っ払いはそれが気に食わないのか余計に近付いてきた。


「ねえ、気付いてないようだから言うよ?」
「な、なんでしょう!?」
「この俺様がその御宅田なんだけど」
「は、は!?」


耳元でそう囁かれて、声が裏返った。
この人があの不気味な御宅田さん!?
ないないない。
だって、あの人こんなイケメンじゃなかったし!

それにこんないい声……。


いい声?
そういえば、御宅田さんも声だけは良かったし、こんな声してたような……。
ってか、鼻も高かったし、こんな体系だったような。



「え? うそ……ほんとに?」
「ほんとだよ」
「貴方が、あの御宅田さん……?」
「うん」

そう言うと、御宅田さんは私から少し離れてソファーに座った。


まさか、眼鏡と帽子をとって服装もちゃんとしたらこんなイケメンだったなんて……。
それに、あのベタベタした髪はカツラだったの?

あんな汚らしいカツラの下にこんな綺麗な赤茶色の髪が隠されているなんて


「訂正していい?」
「な、なんでしょう」
「俺様、御宅田太郎じゃなくて、猿飛佐助って言う名前があるんだよね」
「え? 猿飛佐助……?」




どこかで聞いたことあるような名前……。

えーっと、どこで聞いたことあるんだっけ?



……そうだ!
同期の女の子が言ってた名前だ。

同期の子の彼氏だっけ?
あれ? 忘れた。



「もしかして分からない?」
「……すみません」
「俺様、結構有名になったと思ってたけど、まだまだだね」
「え? 有名?」
「うん。一応俳優なんだけど」



俳優? ってことは……芸能人?

……芸能人で猿飛佐助って、聞いたことある。
この頃テレビにバンバン出てる子じゃん。


そういえば同期の子も猿飛佐助のファンで、ドラマとか必ず録画してるって言ってたし。



「思い出した……」
「あ、知ってたんだ」
「えっと、ドラマとかに出てますよね?」
「そうそう」



よかったー知ってて。俺様ってまだまだ無名だと思っちゃったよー。なんて笑った。
わ、笑顔が素敵です。

イケメンとは思ってたけど、芸能人って分かったと同時になんかキラキラしてるような。
その上、余計格好よく見えるんですけど。


……軽く惚れそうになっちゃったよ。
芸能人マジックだ、これ。



「あ、あの。なんであんな変装してたんですか?」
「んー騒がれるの嫌だし、それに俺様ってパパラッチに追われる身でしょ?」


合コン行ってるところなんか撮られちゃったらいろいろ大変なの。と言いながら猿飛佐助は締め切ったカーテンを少し開けた。

何か頼むのかな。
質問したいことあったのに。
まあ、頼み終わってからでもいいかと思って私は身を乗り出してカーテンから顔を出す猿飛佐助に目をやった。




「旦那ーいつものと……ねぇ、オレンジジュース好き?」
「え、あ、はい」

いきなり振り向いて聞いてきた。
とりあえず、オレンジジュースは嫌いじゃないし、うろたえながらも返事した。


「じゃ、スクリュードライバーちょーだい」
「おや、女性に……」
「いいからいいから!」


そう言うと、猿飛佐助はまたカーテンを閉めた。


スクリュードライバーってカクテルの名前?
オレンジジュース好き? って聞かれるくらいなんだからオレンジ味なんだろう。


……なんか、グルグル回りそうな名前。
酔いがよく回るって言う意味なのかな。


マスターが何か言おうとしてたのもこのことだったりして……。



「あの、マスターが言ってたこと聞かなくていいんですか?」
「うん、いいのいいの。それよりさ、さっき何か聞きたそうな顔してたけど、なに?」
「あ……えっと、前田慶次さんはモロに顔出してもいいのかなって思って……」



なんか、はぐらかされた気がするけどいいか。



「あーあいつはね特別」
「特別? なんでですか?」
「そっか、あんたって芸能情報に疎いもんね」
「え!? なんで分かるんですか!?」


私、疎いって自覚はしてたけど、猿飛佐助には言ってないよね?
なんで分かったんだろ。
そんなに私って疎そうな顔してる?


「だって、俺様のこと知らなかったじゃん」
「え?」


何? 猿飛佐助のこと知らなかったら芸能情報に疎いの?
ってかあれ、なんかこの人、自慢してる?



「俺様って結構ドラマとかCMとかに出てるんだよね。なのに顔も知らない上に名前を聞いてもピンと来ないんじゃあ、あんた相当疎いよ」
「う……」


テレビってお笑い系の番組かニュースか占いぐらいしか見ないし。
前田慶次の事を知ってたのも、私がいつも見てるお笑い番組にゲストとして出てたからだし。
もし出てなかったら名前すら知らなかったかもしれない。




「まあ、本題に戻るね。慶次が特別なのはアイツのキャラだよ」
「キャラ?」
「そう。アイツ、プレイボーイキャラなんだよね」
「え? なのに人気があるんですか?」
「プレイボーイでも、それ以上に顔や人柄が勝っちゃうんだよねー」



ほんと、得な奴だよアイツは。なんてくすりと笑った。


プレイボーイだから一々女性関係を撮っても切りが無いってことだよね。
芸能人からしたら羨ましいんだろうな、自由奔放に遊べる前田慶次が。


そう思ったところで、カーテンに人影が写った。


「はいりますよ」
「どーぞ」


猿飛佐助がそう言うとカーテンが少し開き、マスターが入ってきた。
私の前にスクリュードライバーというカクテルと、猿飛佐助の前には黄色いカクテルが置かれた。

マスターは、優しく笑って何も言わずにカーテンを閉めて出て行った。



「さ、早く飲んで」
「あ……はい」


すぐ酔うのかな、と少し不安になりながら口をつけた。



「あ、れ? おいしい」
「でしょ?」


お酒の味なんて全然しなくて、ただのオレンジジュース。
普通にゴクゴク飲める。

想像してたのと全然違う。


ゴクゴクと飲むと猿飛佐助からはいい飲みっぷり。なんて言われた。
あ、やば。飲みやすいからついジュース感覚で飲んじゃった。



「す、すみません」
「なんで謝るの?」
「え、いや……はしたないかなと」
「俺様は豪快に飲む女のこの方が好きだよ?」
「へ!?」


佐助君は何事も無かったようにカクテルに口をつけた。

軽くても、好きなんて言われると照れるんですけど。
さり気無く女の喜ぶツボを突くな、この人。

……流石芸能人。



感心しながらも、流されちゃいけないと思ってカクテルをぐいっと飲んだ。





「そーそー、その調子でどんどん飲んで?」





微笑む猿飛佐助に促されてたくさん飲んだ。
ジュース感覚で飲めて、全然酔わないから余裕でたくさんおかわりした。






::::::










「酔ってきた?」
「んー?」


酔ってきた?
そんなに私飲んだ?

あれ? もう何杯おかわりしたっけ?
いっぱい飲んだのは憶えてるけど具体的な数字がわからない。


……ま、いっか。

なんか、ほわほわして気分がいい。
なんにも面白いことなんてないけど、笑える。


訳も分からず、笑顔でいると、肩を抱き寄せられた。


「あは、大分酔ってるね」
「えへへ、そーかな?」
「顔赤くしちゃて、かわいー」
「猿飛佐助はかっこいーよ」


首を立ててるのもだるくなって、近くにあった猿飛佐助の肩に頭を乗せた。



「酔うと思ったこと全部話すって本当だったんだ。ってか佐助でいいよ」
「佐助?」
「うん。これからはそう呼んで?」
「んー佐助、かっこいい」


佐助の腕に自分の腕を絡ませた。
……なんか、いい匂いする。



「そうやって甘えられると男冥利に尽きるね」
「えへへー」

「ね、スクリュードライバー通称でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「しらなーい」



ケラケラと笑いながら答えた。
何でだろ、なんか面白い。



「『レディーキラー』だよ」



その言葉が聞こえてきたと同時に唇に熱を感じた。

あれ? 頭が回らない。
なんで? 上手く息できない。



「ん、ふぁっ……っんん……」


きす、されてる……?
なんで、この人ときすしてんだろ。


理由は分からないけど、佐助とのキスがたまらなく気持ちいい。


正気がどんどん奪われていくような気がして、少し不安になる。
けど抵抗なんか出来なくて、ただ佐助に口内を犯されることに身を委ねた。



誰の唾液か分からない物が口の端から垂れていくのを感じたところで開放された。



「んっ、はぁっ、はっ……」
「お酒飲んで眠たいでしょ? 少し眠ってていいよ」
「ん……」



抱き締められて、規則的に背中をぽんぽんと叩かれると瞼が重くなった。
襲ってきた睡魔に逆らうことなく、そのまま瞼を閉じた。




「さーて、お持ち帰りでもしようかな」



声が聞こえた気がした。



(そして感じる波に揺れる船のような感覚)
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