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16 波乱の予感?


「気持ち悪い。その不気味な笑みを早々に引っ込めろ」
「き、気持ち悪いって……」



石田部長にお茶を差し出すと、心底嫌そうな顔をされて傷つく一言をくらった。
……確かに気持ち悪いくらい頬が緩んでたかもしれないですけど。


仕方ないじゃないですか。
まだ佐助さんと付き合って一週間しか経ってないんですから。


機嫌が良いのは仕方ないです。



そんなこと口が裂けても言わないけど。



なんて思っていると石田部長がお茶を啜った。





「相変わらず、まずい」



いい加減、パワハラで訴えますよ。
そんなに私のお茶が不味ければ違う子に淹れてもらえばいいでしょうが。
丁度食堂に行こうとしてたところなのに。
席埋まっちゃったらどうするんですか。

なんで急いでるわざわざ私に頼むかな。

……頼む、じゃないな。命令だ。




不憫だ、私。
ほんとはこういうのって一年目の子が中心になってやるんじゃないの?


まあ、私もまだ二年目でまだまだ新人だけどさ。




なんて思いながらオフィスの外で待ってる同僚に駆け寄った。
なんか、にやにやしてるんですけど。
この笑みをされるといい予感がしない。



「石田部長、ほんとなまえのこと気に入ってるよねー」
「はあ!? ありえないでしょ!」



どう見ても嫌われてるっつーの。
嫌がらせにしか見えないって。


「いやいや、愛情の裏返しじゃない?」
「あんな愛情の裏返しがあって堪るかっての」


わかりにく過ぎだって。
どんだけ感情表現へたくそなの。

病院行った方がいいんじゃない?



「なんやかんや言っていつもなまえばっかりにお茶淹れさせるしねー」
「そーだよ。文句言うんだったら違う子に淹れてもらえっての」
「なまえのお茶が飲みたいんだよ」
「はあ? ないない。嫌がらせだって」



ほんと、こういう色恋ごとに関してからかう時のこの子、輝いてるよ。真っ黒に。
いい性格してるよ。



「えー絶対そうだって。完全なまえのこと狙ってるって」
「いじめの標的に?」
「またまた、分かってるくせにー。飲みに誘われたらどうすんの」
「んなわけないでしょうが。例え誘われたとしても、急性アルコール中毒になるまで一気飲みさせられるだけだって」




そう言ったところで私の携帯が鳴った。
同僚に断って携帯を開くと、『猿飛佐助』と映っていた。


思わず息を呑んですぐに通話ボタンを押した。


「もっ、もしもし!」
『やっほー今電話大丈夫?』
「は、はい! 大丈夫です!」


思わず大声で返事すると佐助さんの笑い声が聞こえた。


『もしかして、緊張してる?』
「っ、だ、だって……」
『まあ、忙しくて声聞くの告白の時以来だしねー』
「そ、それ、わざわざ言わなくていいです」
『あの時のなまえちゃん可愛かったから言いたくもなるよ』


ってか、あの後仕事入ってなかったら確実に襲ってたよ。と飄々という佐助さんに背筋が震えた。
同時に顔も熱くなった。


ああ、もう。
怖がったらいいのか、照れたらいいかわかんない。


手団扇で顔を仰いでいると同僚が覗き込んできた。
何かいいたそうにしてる同僚を見て首を傾げると、遂に同僚が口を開いた。



「ねえ、電話してるの彼氏?」
「っ、い、いや……その……」
『なまえちゃん? どうしたの?』
「へ? あ、何でもないです」
「うわー彼氏だ! 彼氏! 男に全然興味なかったなまえに彼氏だー!」
「ちょっ、うるさいって!」


周りの人にじろじろ見られてるから!
なんか、笑われてるから!

なんちゅう羞恥プレイ。


口を塞ごうとしたけど、簡単に避けられてしまった。




『あはー友達にばれちゃった?』
「うっ……なんか、言いふらされてます……」
『もっと、言いふらしてくれたらいいのに』
「はあ!? 何でですか」
『だって、なまえちゃんには彼氏がいるって会社中に知れ渡ったら、狙う男もいなくなるでしょ』
「私を狙う男なんて存在しませんって」
『いやいやーそんなの分からないって』



私を狙う男って馬鹿じゃん。
時間の無駄だよ、時間の無駄。


「このこと石田部長に知れたらどうすんの!?」
「は!? 何で部長の名前が出てくんの!」
「いやー石田部長かわいそー! 傷つくよー」
「だからっ……」




そんな訳ない。と否定しようとしたら、半端なく低い声が鼓膜に響いた。








『石田部長、ってだれ』





「っ! い、いや……その、違うんです!」
『何が違うの』
「石田部長ってのは、なまえに溺愛してる人ですよー!」
「ややこしくなるから黙ってて!」


最悪だ。
佐助さん、完全に勘違いしてる。



『溺愛、ねえ?』
「聞いてください! 全部誤解です!」
「石田部長はなまえの淹れたお茶しか飲まないんですよー!」
「お願い! ランチ奢るから黙ってて!」
『詳しく話聞きたいからお友達と代わってくれる?』
「そ、それは……」



佐助さんが怖いんだけど。
なんか、携帯から黒いオーラが出てきそうなんだけど。


「さ、佐助さん、落ち着いてください。ね?」
『んー? 俺様、最高に落ち着いてるんだけど?』


どう考えても怒ってるでしょ。
どうすればいいんだろう。


対応に困っていると、電話の向こうが騒がしくなった。



『チッ……なまえちゃん、時間だから仕事戻るね。また夜電話するから』
「え、あ……はい」



そう返事すると通話が切れた。


……佐助さん、舌打ちしてたよね。
夜、電話来るの怖いんだけど……。


携帯の画面を見つめて溜息をつくと、隣の同僚がまた騒いだ。



「ねえねえ、彼氏さん怒ってた?」
「……うん」
「いやー泥沼ってやつ?」
「そうじゃないけど、もしそうなったらあんたのせいだからね」
「あはは、ごめんごめん」
「笑い事じゃないんだけど……」


楽天家な同僚を見て自然と溜息が漏れた。
佐助さんの誤解ちゃんと解かないと。


大体、お互い嫌いあってる石田部長と私どうこうなるなんてありえない。

想像しただけで胸焼けするよ。
多分このことを話せば石田部長は確実に吐く。

私が石田部長に対しての嫌いより二十倍くらい石田部長に私嫌われてるから。


私で胸焼けなら向こうは吐く。
胃袋が胃液だけになるまで吐くだろうな。




「ははっ……」

こんなに上司に嫌われる部下なんて中々いないよ。
逆はよくある話だけど。


……なんでクビにならないか不思議なくらい。



「はあ……今日はがっつりいこう……」


やけ食いじゃないけど。



「あー私もそんな気分! とんかつ定食にしよっかなー!」
「じゃあ、私焼肉定食にするから半分こしよー」
「いいねいいねー! よし! 早く行こー!」



急いで食堂に向かおうとすると後ろから声を掛けられた。




「みょうじー」
「あ、は、はい!」


振り向くと、先輩が呼んでいた。


焼肉定食とかとんかつ定食とか話してたからすっごいお腹すいたのに。


なんか失敗しちゃったかなー。
最悪。出来るだけ見直したってのに。


何が間違ったかだけ聞いて、後で直そう。

そう思って急いで先輩に駆け寄った。





「あ、あの……何かミスがありました?」
「いや、ミスはないんだけどな。その……」


何で言い難そうなの。
うわ……なんだか本能的に嫌な予感しかしない。




「石田部長がお前を呼んでる」


「え"……」



うそ、何で!? お茶はさっき淹れたよね!?
用事なんてもうないはずだよね!?


何で呼び出されるの!?




「じゃあ、それだけだからよ。頑張れ」
「うっへぇ……はい……」




同僚に断って仕方なく来た廊下を戻る。


ああ……何言われるんだろう。

なんか失敗したのかな……。



溜息をついて俯いていかにもテンションだだ下がり感を醸し出しながら歩いていると、高級そうな靴が見えた。
思わず顔を上げると、目当ての人がいた。



「い、しだ部長……」
「遅い」
「す、すみません」


今さっき聞いたんだからしょうがないでしょ。って舌打ちしながら言いたかったけど、壁にもたれながら睨む石田部長にそんな口聞く根性は生憎持ち合わせていない。

とりあえず謝っとくのが一番平和的。



「あ、あの……私、何か、ミスを……」



恐る恐る石田部長を見ると、石田部長は、眉間に皺を寄せていた。



「何のことだ」
「へ? よ、呼び出されたのは、私がミスしたからじゃ……」
「誰もそのようなことは言ってない」
「じゃ、じゃあ……なんで……」
「き、貴様は……今度の送別会に行くのか」
「送別会?」



そういえば今度転勤する北河先輩の送別会するって言ってたなあ。
すっかり忘れてた。



「はい。行きますよ」

結構お世話になりましたし。と付け足せば石田部長は相変わらず眉間に皺を寄せながら咳払いした。



「そうか」


短く言い捨ててそのまま部署に戻っていった。



一体なんなんだろ。何でそんなこと聞くの。
ほんと、あの人のすること言うことは理解できない。


びっくりするくらい予想がつかないよ。




つーか、今のは怒ってんの? 呆れてんの? イライラしてんの? びっくりしてんの? 悲しんでんの?


表情も読みにくいっての。
どこか分かりやすいところは無いのか、あの人には。


首を傾げながら私は食堂に向かうため踵を返した。



(『照れてんの?』も選択肢に入れましょう)
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