06 癒しの女になろう 「……疲れた」 猿飛佐助のマンション前のベンチに腰掛けた。 石田部長、ありえないよ。 今日中に報告書提出とか言うし。 期限の設定したのあんたでしょーが!! 何でいきなり三日も縮めるわけ!? 文句言いたいけど言えないからできる所までは頑張ろうと思ってやったよ? 約束破るの嫌いだから猿飛佐助との約束を守れるように、定時までには終われるように頑張ってたよ? なのになんで、みょうじ、茶を出せ。なんて命令すんの!? ありえないでしょ! こっちは必死こいて完成させようと頑張ってるのに! 別に私じゃなくても、他の女の子でも良いじゃん! 何で私な訳!? 少し遅刻した罰にしちゃ重すぎでしょ! それなのに、定時になったらいきなり、帰れ。って……はあ!? 猿飛佐助との約束破るのは嫌だったけど、完成できなかったからしょうがなく残業しようと思ってたところだったのに。 猿飛佐助に行けないって連絡しようと思ってたのに。 なんでいきなり帰れとか言う訳? 結局、今日完成できなくても良かったってこと!? じゃあ何で、今日提出とか嘘つくわけ!? むかつく!! 文句言ってやりたいけど、言えないのがむかつく!! わかりました。って言って帰ってきちゃった自分も、もっとむかつくけど!! まあ、そのお陰で三十分程早くつけたんだけど。 石田部長のお陰で早く着けたって言うのが余計に癇に障る。 ああもう! ここが外じゃなかったら地団太踏んでやりたいよ。 一応公共の場だから自重はするけど! けど、もう結構暗いしこの近くに住んでる人達とは面識ないし、問題なさそうだからいっそ地団太踏んだやろうかと思って居ると、電話が鳴った。 あ、猿飛佐助からだ。 「もしもし」 『あーなまえちゃん、今どこにいる?』 「今、着きました」 『まじ? 俺様、今帰ってきたところなんだけど』 「そうなんですか」 『それでね、今からなまえちゃんの前を通るけど無視してね』 「あ、はい。わかりました」 『じゃーねー』 電話が切れた後、猿飛佐助が私の前を通った。 目を合わせないように下向いて、携帯をいじった。 やっぱり、芸能人だからいつどこにパパラッチが居るかわかんないしね。 だから、無視しないといけないのか。 うわーほんと、芸能人って大変。 異性と喋るだけなのに気を遣わなきゃいけないんだ。 まあ、週刊誌なんてあることないこと何でも書いちゃうしね。 油断したら負けなんだろうな。 プライベートでも仕事みたいに気を遣わないといけないなんて私だったら耐えられない。 だって、私にしたら一日中石田部長が近くに居るってことでしょ? 「……考えただけでも、悪寒が」 やばい。そんなのストレスで禿げる。 酷かったら過労死するよ。 あんな唯我独尊の人が近くに居るなんて嫌だ。 あの人、豊臣社長か竹中専務のことしか頭に無いんだろうから、私なんか扱き使われまくるよ。 あーこわいこわい。 そう考えると、猿飛佐助ってほんとに偉いよね。 そんなストレスの溜まる環境に居てるのにも関らず、あんなにへらへらと生きてられるなんて。 意外と、芸能人って思ってたよりも大変なのかも。 苦労を味わう機会がないと。なんて思ってたけど、苦労の度合いがちょっと桁違いだったかも。 「もしかしたら、あのへらへらした態度も全部演技だったりして」 ……ありえる。 本当の自分を見せたらだめだって、無理してるんだろうな。 芸能人はいつも笑顔で居なきゃいけないからって、悩みも相談できなさそう。 だめじゃん、そんなの。 そんなこと続けてたら、いつか猿飛佐助がストレスに耐えられなくなって壊れるかも。 「お待たせ。なまえちゃん」 「へ!? え、あ……猿飛さん!」 上から声がしたと思うと、小汚い不気味な御宅田の格好をした猿飛佐助が立ってた。 「行こっか」 「あ、はい」 立ち上がって、猿飛佐助の隣を歩いた。 できるだけストレスを取り除いてもらわないと。 おこがましいけど、できるだけ私が猿飛佐助を癒そう! 「ねえ、なまえちゃん」 「は、はい! なんですか!?」 「どっか食べに行きたい店ある?」 「え? 行きたい店ですか?」 「うん。なまえちゃんの行きたい所でいいよ」 「そうですか? じゃあ……あ」 私の行きたい所に行ってどうすんの! 多分今も猿飛佐助は、遠慮してるんだ。 自分は芸能人だから、レディーファーストじゃなきゃいけないって。 癒そうとしてる本人が猿飛佐助に遠慮させてるなんてありえない。 「あの!」 「んーなあに?」 「私、猿飛さんの行きたい所に行きたいです!」 「え? なんで?」 「い、いえ。なんとなくです」 「ふーん。ほんと俺様の行きたいところで良いの?」 「はい! どこでも良いですよ」 猿飛佐助なら、イタリアンかな。 いや、以外と和食だったりして。 まあ、猿飛佐助の行きたい所だったらどこでもいいけど。 「じゃあ、俺様、ラブホに行きたいなー」 「え?」 「なまえちゃんを食べたいな」 「へ!? え、いや……あのっ……」 なんて、耳元で囁かれた。 私が食べたいって、そういうこと!? え? なんで? 全然可愛くない私を!? い、意味わかんない! 「あは、うろたえちゃって可愛いー」 笑って、耳元から離れた。 この、楽しそうな声色は……! 「……も、もしかして、また冗談……!?」 「ごめんねー?」 「っ!! さ、最低っ!!」 「だって、なまえちゃんってば、すぐ本気にするから面白くって、つい」 「つい、じゃ無いです!!」 猿飛佐助って演技が上手いって有名なんでしょ!? この前、同僚が言ってたし! そんな人に耳元であんな事言われたら誰だって信じるよ!! 猿飛佐助を睨んだところで思い出した。 ……あ、怒っちゃだめじゃん。 落ち着け、なまえ。 多分猿飛佐助にとって、人を騙すのがストレス発散なんだ。 ……傍迷惑な発散方法だけど。 怒っちゃだめだ、うん。 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えて、話を元に戻した。 「け、結局何が食べたいんですか」 「えっとー俺様が本当に食べたいのはー」 また変なこと言うかも知れないから、信じないように警戒しとかないと。 少し身構えて猿飛佐助の方を見た。 すると、意外な答えが返ってきた。 「なまえちゃんの家で、なまえちゃんの手料理が食べたい」 「へ!?」 「これは冗談じゃなくて、ほんとだよ?」 ダサい丸眼鏡越しににっこり笑った目が見えた。 (足取りが、繁華街からスーパーへと変わった) [戻る] ×
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