旦那の岡惚れ | ナノ




22 好敵手に助けられました




姫が帰国して二日後。
今日は姫の振り替え休日が終わり、登校なされる日だ。


そして、代議委員会が放課後にある日。


け、慶次殿はちゃんと誘ってくださったのだろうか。
一日、授業にも部活にも集中できなんだ……。

……今日の夜は眠れそうにない。

ああ、明日が早く来て欲しい。




部活用バッグを背負いなおして校門を出ようとした。




「真田くーん」


「っ!?」



声が聞こえて思わず振り返った。

ひ、姫が俺の名を……!
ああ、姫が自ら俺に近付こうと、走っていらっしゃる。

なんと愛らしい……!




「引き止めてごめんね」
「い、いえっ! そんなことはございませぬ!!」
「あのね、私さ前田君に日曜どこかいかないかって誘われたんだ」
「え、あ……そうですか!」


慶次殿はちゃんと誘ってくださったのだな!
やはり、こういうことには頼りになるお方だ。




……しかし、姫はなぜそれを俺に報告してくださったのだ?

もしや、慶次殿は俺も行くと言われたのだろうか。
それで、俺が来るなら行かないと姫は思われているのか!?


お、俺は姫に嫌われ……っ!?



「真田君は行くの?」
「っ……!」



や、やはり、姫は俺が一緒に行くのを知っていらっしゃって、それを快く思っていらっしゃらないのか……!
くそ、俺は知らぬうちに姫を不愉快にさせてしまっていたのか。



「真田君?」
「え? あっ……は、はい。俺も、行こうと、思っており、ます……」
「あーやっぱり? 真田君っていつも前田君と一緒にいてたからもしかしたら、と思ってたんだけどやっぱりそうなんだー」
「え?」



なんだ?
姫は俺が行くことを知らぬのか。


では、今までのは杞憂というものだったのか?





「真田君が行くなら、私も行こうかな」




「へっ?」


今、姫はなんと仰った。


俺が行くなら、行く?
という事は、俺が行かなければ行かない、ということか!?

姫自ら俺に合わせてくださっている……!




「いやー知らない人ばっかり来るんじゃないかって不安だったから行かないでおこうって思ってたんだけど、真田君が居れば安心だし行くよ」
「そ、そうでございますか!」



佐助がこの前、結婚に大事な物は安心と安定だと言っていた。
と、言うことは……俺はもう結婚に大事な関門を通過していたのか!!

……俺が、姫の夫に一番近いのではないのか!?



「っ!」



う、嬉しい!!
俺のようなでくのぼうが姫の夫に一番近い存在とは……!



「あ、そうだ。その時にお土産も渡すね」
「は、はい!!」
「そんな笑顔になってどうしたのー? もしかして、私と一緒に行けるのがそんなに嬉しい?」
「はい! 至極光栄にございます!!」
「は? え? ……あ、あははっ! この、天然たらしめー!」



姫は一瞬目を丸くさせた後、笑って俺の肩を小突いてきた。

む? 姫の頬が赤いような気がするのは気のせいか?
あ……! そうか、オーストラリアは今夏。

向こうで日焼けされたのか!




「そんな事みんなに言ってたら好きな子に嫌われるぞー」
「へ!?」


き、嫌われる!?
姫にか!?



俺は姫の癇に障るようなことを言っただろうか。



「ぐぬぬぬぬっ……!」

分からぬ!
俺は何を言ったのだろう。


頭を抱えて考えていると姫は笑って俺の肩に手を乗せてくださった。



「あはは、冗談だって。本気にしないで?」
「じょ、冗談でござるか!?」
「うん。真田君はみんなに好かれてるでしょ」
「そ、そうでござろうか……」


確かに、人に嫌われるようなことをした憶えはないが、好かれるようなことをした憶えもない。
そんな俺は、人々に本当に嫌われていないのだろうか。



……ん? 待て。



姫の今の言いようだと……姫も俺のことを好きだと言うことにはならぬのか……?



姫が、俺を好いている……!?


「あ……あ……」
「ん? どうかした?」
「いっ、いえ! 何も……!」



お、落ち着け、自分!
姫は世辞でそういったのかも知れぬ!

本心ではなく、俺に気を遣ってくださっているのかもしれぬのだ。
自惚れるな、慢心するな、幸村!



「あ、電車の時間とか大丈夫?」
「へ? あ……あと十五分程でございます……」


戸惑う心を押さえ込んで時間を確認して、姫にそう伝えた。



「あ、じゃあそろそろ行かないといけないね。私の家って駅の方だし、一緒に行こっか」
「は、はい!」



ひ、姫とともに下校……!
先程悩んでたことも全て吹き飛んで姫と一緒に帰れることを全身で喜んだ。


だ、だめだ。
舞い上がるなと言い聞かせてもどうしても緩む頬を押さえられぬ。





ひ、姫と隣同士で歩いている……!
このようなことが実現するとは、信じられん。



「あー」
「な、なにか?」


姫が突然止まって声を出したので俺も立ち止まった。

何か粗相をしてしまったのだろうか。


「真田君、動かないでね」
「は、はい」
「影見てみて」
「は、はあ……」


姫の言うとおりに影に目をやったが普通の影だ。
変わっているところといえば……姫と俺が並んでいるという奇跡だけだ。



「ほら、影が手繋いでる」
「へ?」


影の手を見てみれば、姫と俺は手を繋いでいた。


「っ!?」


手を確認してみると、手は勿論繋いでいない。
ああ、重なっているだけか。


し、しかし、嬉しい。
例え、影の中だけだとしても姫と繋がっている……。



「あは、ごめん。くだらなかったね」
「い、いえ! そんなことは……!」


逆に嬉しすぎて、天にも上りそうな勢いだ。と言いたかったが言えるわけなく口を開け閉めするだけだった。
くそっ、少しでも姫にアピールをせねばならぬと言うのに……!



自分の意気地なさに拳を握ると、姫が突然走り出した。



「真田君、行こ!」
「へ? あっ、待ってくだされ!」




姫の速度に合わせて追いつかぬように走る。
やはり、隣に並ぶよりも後ろにいたほうが俺には好都合だ。


遠慮せずに姫を全身見ていられる。



姫は本当に愛らしいな、と思っていれば姫が段差に躓いた。


「わっ」


不味い! こけてしまわれる……!





「姫っ!!」





全力で走り姫がこける前に腰へ腕を回して抱き留めた。


「だ、大丈夫でございますか」
「うっ、うん」


よ、良かった。
姫がもし怪我をされたら俺はどうすれば良いのだ。


姫に触れるなどおこがましいが、今のは仕方あるまい。
回した腕に目をやった。



「っ……!」


な、なんだ、この体勢は!
姫を片腕とはいえ、抱き締めているのではないのか!?


こ、この体勢は嬉しい。
このまま時が永遠に止まって欲しいくらいに嬉しい。が、こんなことを軽々しくするなどしていいものではない!


すぐさま姫の腰に回した腕をどけて謝った。



「も、申し訳ありませぬ!! ひ、姫の了承無しに抱き締めて……!」
「い、いや……それは、いいんだけど……」



それは!? と、言う事は、他に何か粗相をしたのだろうか!?



「あのさ……」
「はっ、はい!!」


姫が何かを考えるように、顎に手を当てた。






「姫って、なに?」






姫のその言葉に全身が氷のように冷たくなった。
全ての血液がアスファルトに吸い取られたようだ。



「っ、あ、のっ……」
「私が階段でこけた時もそう呼んでなかったっけ?」
「っ……!」



あの時から気付いていらっしゃったのか!
く、くそ、どう対処すればよいのだ。

ここに佐助がいてくれれば、どうにかしてくれていた筈なのに。
俺の力量では出来ぬ……!



「私ってみょうじなまえでしょ? 姫なんて一文字も入ってないんだよねー」




姫の探るような視線にもう耐えられぬ!
どうする。
本当の事を言うか?

……しかし、本当のことを言ってしまうということは、姫に告白すると言う事になるのではないのか!?


む、無茶だ。
そんなことできるはずが無い。
しかし、姫のこの探るような、疑うような視線に耐える事も出来ぬ。


どうすることが一番いいのだ!




「そ、の……それは……」






ど、どうすれば……!



「それは?」



ああ、もう仕方が無い。
この姫の純粋な真珠のような目から逃げることなどできぬのだ。



腹を括り、姫に想いを伝えよう。




「そ、某……貴女が……す」
「おーいみょうじー!」
「あ、成ちゃん」
「成ちゃん言うな、馬鹿」
「あはは、ごめんごめん」



だ、伊達成実。
くそ、タイミングは悪かったが、助かった……。

好敵手に無意識とはいえ、助けられるとは。



「なあ、モンハン持ってんだろ? やろーぜ」
「えー帰ろうと思ったのに」
「三十分だけいいじゃねえか。他の奴等もいるし」
「うーん、仕方ないなあ。三十分だけだからねー」
「おう。あと真田は電車の時間が迫ってんだろ」
「う……は、はい」



何だこの政宗殿とよく似た笑い方は。
ああ、むかついてしまう。




「みょうじ、先チャリ庫行ってろ」
「んーわかったー。じゃあ、真田君ばいばい」
「え、あ……さ、よなら」



姫が学校に戻られると、伊達成実は俺に近付いてきた。



「俺に助けられたなー」
「なっ!?」


こ、こやつ、全て知っているのか!?

……そうか、政宗殿が教えたのか。
敵に全て知られているとは。


それに、この様子だと始めから俺達の会話を聞いていたようだ。



俺が困っているのを楽しんで見ていたのか。
なんと悪趣味な……。



「カフェオレ」
「は?」
「奢れよ?」


……本当に政宗殿と似ている。

その癇に障るような笑顔が特に。






「政宗殿は、コーヒーでしかもブラックでござった」





失礼致す。と言い俺は駅へ向かうため、伊達成実に背を向けた。



「おい、何だその言い方! 俺は梵よりもお子ちゃまとでも言いたいのか!!」





ああ、伊達成実に救われてしまうとは……。


一生の恥だ。これからは気をつけなければ。



(真田幸村にとって今世紀最大の危機)
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