旦那の岡惚れ | ナノ




14 あなたとの将来なら薔薇色




「旦那、何そわそわしてんの?」
「い、いや、何でもない! ただ……」
「ただ?」
「その、ホームルームはいつ終わるのか気になってな」
「何で?」
「いや、な、何でもないのだ」
「旦那、目泳いでる」
「う……」


佐助の探りを入れるような目から逃げるように俺は窓に目をやった。
ああ、放課後が近付くたび落ち着かぬ。

ひ、姫が俺のためにスイートポテトを……!


そう思うだけで、頬の筋肉がだらしなく緩む。


早く時間よ過ぎてくれ。
しかし、そう思っているときこそ、なぜ時間が経つのがこうも遅く感じるのだろうか。

五限、六限は十時間にも感じた。
そして、そういうときに限っていつもなら早く終わるホームルームが長引く。

なぜ今日、連絡事がそのように多いのだ。
別に明日でも良いのではないか!

もう十五分も経っておるぞ……。


くそ、姫のクラスはもう終わられただろうか。
姫を待たせるなど、けしからん事だ!


「旦那、百面相してるよ」
「え?」
「にやけたり心配そうに時計見たり眉間にしわ寄せたりしてたよ」
「あ、いや……」
「やっぱ、なんかあったでしょ」
「ち、違う、何でも無い」


佐助から顔を逸らすと、先生が終わりの合図を告げた。


「では、終わります」


さよなら。と言って生徒達は教室を出て行き始めた。

お、おお! やっと終わったのか!
俺も早く外に出て姫に会いに行かねば。

鞄を取り、さっさと教室を出ようと思えば佐助に腕を掴まれた。



「旦那、何があったか言ってよ」
「あ、いや……その」
「俺様に隠し事なんてしても無駄だって分かってるでしょ?」
「う……」
「言わないと俺様離さないよ」


急いでるんでしょ? と佐助が脅すように言ってきた。

恐喝ではないか!
恐喝は犯罪だ! と、訴えようとしたとき教室の時計に目がいった。



……くそ、待ち合わせしておる訳ではないのだが、姫がどこかで待っていらっしゃるかも知れぬ。


「帰ってから必ず言う。必ずだ」
「……そんなに急いでるの?」
「ああ。では、行ってくる!」
「あ、ちょっ……!」


佐助の手を振り払って、俺は走った。



どこにいらっしゃるのか分からぬため、とりあえず昇降口に来た。



姫はもう帰られたのだろうか。
二年一組の下駄箱を確認しようと思ったが、姫の出席番号が分からぬ。

誰かに尋ねたいが、恥ずかしくて出来ぬ。


ああ、どうすればよいのだ。



きょろきょろと周りを見て姫を探すがどこにもいらっしゃらぬ。



ああ、やはり、俺が遅すぎた故帰ってしまわれたのか。

仕方ない。遅かった俺が悪いのだ。
……諦めて部活に行くか。



「あー! いたいた!」
「え?」


俺の下駄箱に向かおうとしたとき、姫の声が聞こえた。
振り向けば、走って俺に向かっている姫がいらっしゃった。


「教室に行ったら真田君いないし、焦ったよー」
「あ……え?」
「あれ? もしかして昼休みの事忘れてた?」
「い、いえっ! そのようなことは……!」


俺はもう必死で首を振った。
ああ、姫に汗を掻かせてしまった。

なんという事をしてしまったのだ!


「ほ、ホームルームが長かったのでもう、か、帰られたのかと……」
「私のクラスもホームルーム長かったんだよー」


なんと、そうだったのか……!
では、ホームルームが長引いて丁度良かったのか。

くそ、先走ってしまった……!



「そ、その……すすす、すみませぬ!」


頭を90゜に下げて謝った。
本来なら土下座をして謝りたいところだが、ここは下校する生徒で溢れかえっている。
目立つような行動をすれば、姫が注目されてしまい迷惑をかける。


「わ、ちょっ……怒ってないから顔上げて!」
「う、し、しかし……」
「いーのいーの。誰だって間違える事だってあるし、ね?」
「わ、わかりました」


姫に宥められて、一応顔を上げる。


やはり、姫はお優しい。
こんなにも簡単に許してくださるとは。


「じゃあ、人もいっぱい居るしさっさと渡すね」
「え?」
「ん? 真田君もみんなに私と変な噂たてられるの嫌でしょ?」
「そ、そそそんなこと……!」


ぎゃ、逆に嬉しいくらいだ!

姫に否定しようとしたが、押し止まった。
……姫は俺などと噂をたてられるのは嫌なのだろうな。


鞄をごそごそと漁っていらっしゃる姫を見て胸がちくり、と痛んだ。




「はい、スイートポテト」
「あ、ありがとうございます!」


片手で差し出したスイートポテトを俺は両手で頂いた。

これが……姫の作ったスイートポテト……!
胸の痛みが一瞬で消えた。



「あは、なんか恋人みたい」
「へ!?」
「手作りのものプレゼントするなんてさ」
「っ!?」


ひ、姫と恋人……。
そのような夢が姫の口から出てくるとは……!

顔が熱い。
火が出るやもしれぬ。


大切に潰れぬように、スイートポテト鞄の中に閉まった。


「まあ、私の手作りって言っても、私はさつまいも潰したり、焼き加減見たりしただけだけど」


少してれたように頬を掻いた姫の指に目がいった。
人差し指に絆創膏が巻いてある。

昼休みには無かったと思うが……。

も、もしや、調理自習で怪我を?


「そ、そのっ……人差し指が……!」
「ああ、これ? さつまいもを一回だけ切らしてもらったんだけど、そのときに指も一緒にやっちゃってさ」


あはは、と軽く笑った姫に俺は血の気が引いた。

姫の白魚のような指に切り傷が……!




「え? な、ちょっ……!」
「だ、大丈夫でございますか!?」
「へ? あ、う、うん。大丈夫だよ」
「良かった……」
「し、心配してくれてありがと……。あのさ……」
「は、はい! 何でございましょう!」
「手……」
「へ? 手?」


自分の手を見ると、姫の左手を俺の両手で包み込んでいた。


「っ!?」


お、思わず心配で心配で、握ってしまった!
なんて事を……!

俺が勝手に姫に触れてしまうとは……!



バッと音が出そうなくらいの勢いで手を離した。


「すすすすすみませぬ!」

「あは、真田君って優しいね」
「っ! いい、えっ!」


勝手に手を握ったのに、姫は嫌な顔一つせず、にっこり笑ってくださるとは。
姫は、や、優しすぎるのではないか?


「あ、そうだ。真田君、部活は無いの?」
「へ?」

近くの時計に目をやるともう部活が始まる時間を過ぎていた。


「あ! あのっ!」
「部活、始まるんじゃない? 行ってきなよ」
「っ! す、すみませぬ!」
「いってらっしゃーい」


手を振ってくださった姫に俺は舞い上がってしまった。


「い、行って参ります!!」


俺は部室に向かうため走り出した。



姫が、俺に……!

も、もし結婚したら毎日こうやって見送っていただけるのか。


「け、結婚!?」


ななな何を考えて……!
姫と俺が結婚など、おこがましい!


しかし、姫と結婚すれば、俺は毎日家に帰るのが楽しみなのだろうな。






にやける頬をそのままに走って部室へ向かうと、先輩が丁度部室から出てきたところだった。

ああ、良かった。
まだ急げば間に合いそうだ。



「真田……」
「は、はい! 遅れてすみませぬ!」
「い、いや、そうじゃなくてよ」
「な、なんでしょう」
「お前、なんで上靴なんだよ」
「へ?」


下に目をやると上靴のままだった。


「あ……」



舞い上がって靴履き替えるの忘れておった。



(舞い上がり過ぎで我を忘れないように気をつけろ)
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