旦那の岡惚れ | ナノ




01 桃の香りの姫

「あーちょっと!!」
「む?」


声をかけられて後ろを振り向くと、女子が一人立っていた。

免疫の無い女子が目の前に立っていて少し戸惑った。

俺は、何かしただろうか?
出来れば早く俺のそばから立ち去って欲しいのだが……。

声をかけられたことが理解できず、首を傾げると今度は少し離れたところにいる女子が声を張り上げた。



「なまえー早くしないとチャイム鳴るってばー」
「ごめーん、すぐ行くから!!」


俺に声をかけた女子が後ろにいる友人らしき人物に声をかけるとすぐに向き返り俺の手をとって何かを渡した。



「これ、落としたよ。じゃあ!」


微笑んでそれだけ言い、桃の香りを残して風のようにその女子は去っていった。
先程握られた手を見ると、朝に佐助から渡された赤いハンカチだった。


あの女子はこれを拾ってくれたのか。
もう少しでお館様にもらった大事なハンカチを失くすところであった。
礼を言わねばならぬな。


安堵しながら、先程の女子に触れられた手に視線を移す。
桃の香りをした、どこか物語の姫を連想させる笑顔の可愛らしい女子だった。



「っ……」



一瞬だけしか見えなかった女子の顔を思い出すと、全身に巡る血が突沸したかのように熱くなった。
心臓が早鐘を打っている。
体が震えて、上手く息が出来ぬ。

こんな感覚、初めてだ。



まるで緊張しているような感覚なのだが、どこか勝手が違う。

一体何が違うのだ。
解らぬ。
初めての感覚で戸惑いながらも、手は無意識に左胸を押さえた。



ああ、俺はどうしたというのだ。



チャイムの音が聞こえても俺の足は根が生えたかのように動かなかった。



(初恋は突然に)
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