旦那の岡惚れ | ナノ




06 存在自体愛してます



「旦那、これ食べていい加減元気だしなよ」


佐助が桃の飴を取り出して俺に渡した。
口に含むと、広がる姫の匂い。


姫の匂いで、余計に自分のやってしまったことの重大さに再度気付いた。


なぜ、あのような公共の場で想いを叫んでしまったのだろうか。



「……はあ……」
「ほら、今日は旦那が待ちに待った体育祭でしょ?」



佐助は、俺様がちゃんとフォローしておいたし大丈夫だよ。と何度も言っておったが、不安だ。
どういう風にフォローしたのかと訊いても教えぬなど、怪しいではないか。


佐助を睨むようにして見たが、本人は気にしてないのかどこかをずっと見ていた。


「佐助?」
「……あのポニーテールの子、姫さんじゃない?」
「む!? ど、どこだ!?」
「あそこだよ、あそこ」


佐助の指差す方向を見ると、青い鉢巻をつけた紛れもない姫が召集所で立っていらっしゃった。
ふ、普段は髪を下ろしていらっしゃるのに、なぜ今日は上で括っていらっしゃるのだ……!?



「体育祭だから気合入れてるのかもね」
「そ、そうなのか!?」


確かに、いつもの姫もお美しいが、今日の姫は一段とお美しい。



「あれだけアップにしてたら、うなじ見えるね」
「なななっ!? 何を言っておるのだ!」
「あれ? 普段見えない子のうなじって気にならない?」
「ば、馬鹿者!! 破廉恥だ!」


俺がそう言えば、佐助はにやにやと厭な笑みを向けてきた。
この前の政宗殿達みたいだ。



「あは、破廉恥って思ってるんだ?」
「な、なんだ、文句でもあるのか」
「旦那、うなじフェチ?」
「な、なななっ!? 馬鹿なこと言うな!!」
「あれ、違った? じゃあ、この前姫さんの匂いの事言ってたし、匂いフェチ?」
「だ、黙れ!! お、俺は慶次殿の所に行く!」
「あらら、怒っちゃった」




俺が慶次殿の居る本部テントへと移動しようとすれば佐助が俺の腕を掴んだ。




「姫さん、召集所に居たんだから次、出番じゃないの?」
「け、慶次殿の所で見る!」
「えー? 慶次の所より絶対こっちの方が見やすいんじゃないの?」


確かに慶次殿が居るテントは涼もうとしている輩が集まっている。
断然、こちらの方が見やすい。



「ほら、来なよ」
「ぐっ……! 仕方あるまい……!」


佐助の隣に戻ろうとすれば、佐助は俺の腕を引っ張って応援席の先頭まで連れて行った。
先程の場所でも良いではないか。
なぜこんなに前に来たのだ?


「佐助?」
「姫さんが出るのって障害物競走なんだよね」
「なぜ障害物競争なら前に出る必要があるのだ」
「あれ、知らないの? 障害物競走の中に借り人があるんだよ」
「借り人?」



そうだったのか。
俺自身が出る競技のルールしか覚えてなんだ。

しかし、借り人があるからというのが前に出る理由なのか?



「紙に『好きな人』って書いてたら、旦那を探しに来るかもしれないじゃん?」
「はあっ!? な、何を言っておる!!」



姫が俺を好きな人として探しに来るだと!? そんな、そんな、そんなこと……!


「あ、あるわけ、なかろう」
「えー? 可能性は0じゃないでしょ?」



佐助がくすくすと笑っていると、後ろから声がした。



「Hey! 幸村!」
「……政宗殿、ここは赤団の応援席でござる」
「別にかまわねえだろ。仲良くしようぜ」
「何しに来たの?」
「Ah? お前のprincessが障害物がでるっつーから、からかいに来た」
「結構でござる!!」


なぜ政宗殿はことあるごとに俺をからかうのだ!
以前、俺を応援してくださると言ってくださったのに!



「Ha! そんな怒んなよ。ほら、princessが走んぞ」
「え!?」


スタートラインに目をやると、姫がもう構えていらっしゃった。
そしてピストルが鳴り、姫が走られた。



おお、一位でいらっしゃる!

姫は平均台の上を走られたり、網を潜ったりと様々な障害を抜けられた。
他の女子は、網で髪型が崩れるのが嫌なのか、かなりのペースダウンをしている。


「姫さん、女捨ててるよ」
「な、何を言っておる! 何事にも本気で立ち向かう精神は素晴らしいではないか!」
「あは、そう捉える?」


佐助がなぜか苦笑いすると、政宗殿が俺の肩を叩いた。

「何か?」
「ほら、よく見ろよ。胸が揺れてんぞ」
「ぶっ!! ま、政宗殿!!」
「……また、旦那をからかってる」



顔が突沸するように熱くなった。
い、一体政宗殿は何を考えていらっしゃるのだ!

こ、このような公共の場で破廉恥なことを考えるなど……!




「あ、姫さん、借り人のお題取ったよ」
「幸村、もっと前に出ろよ」
「は!? な、なぜ某が……!」
「もしかしたら姫さん、旦那の事探してるかもよ?」
「な、そ、そんなこと……!」


あるはずがない! と言おうとすれば、政宗殿に背中を蹴られた。


「ま、政宗殿!?」
「やいやい言ってねえで、行け」



思わず飴を飲み込みそうになってしまったではないか!
まだ噛んで居らぬというのに。
喉に詰まったらどうするのだ!


見下した目で俺を見る政宗殿に思わず、飴を噛み砕いた。



「旦那、早く退かないと邪魔になるよ!」
「む。そうであった!」


いきなりの事で油断してた俺は、思わずトラックまで出て扱けてしまったのだった。

急いで元の位置に戻らねば、姫の邪魔になってしまう!
立ち上がろうとすれば、影がさした。


このトラックに光を遮る物などあるのか? と思い、見上げれば、姫が立っていらっしゃった。



「なっ!?」
「あー良い所にいた!! ちょっと、君を借りるよ!」


姫の笑顔に思わず感激していると、腕を引っ張られた。


「な、えっ!?」
「早く立って!」
「は、はい!」


姫に引っ張られるがまま立ち上がって走り出した。

なにが、何が起きているのだ!?
俺は姫に腕を触れられているではないか!?


なぜ、姫と一緒に走っているのだ!?


混乱したまま走っていると、姫が立ち止まった。


立っていた生徒にお題の紙を渡されてから、こちらに戻って来られた。


「足出して!」
「は、はい!」


足を出せば、姫はしゃがみ込んで俺の足に手ぬぐいを巻きつけた。
巻きつけ終わった姫は立ち上がって俺の目を見据えた。


心拍数が一気に跳ね上がった。

姫が、俺を見てくださっている。


「二人三脚、分かるよね?」
「は、はい」
「じゃあ、繋がってる足からね」
「しょ、承知!」


俺が返事すれば、姫は俺の腰に手を回した。


ななな、な!?
なぜ!?

姫が、俺に密着……!?


「ほら、私の肩に手回して!」
「え、あ、は……はい!」
「はいせーの、いっちに、いっちに」


姫の声にあわせて足を出す。


に、二人三脚とはこのように身体を密着させてやる物だったのか……!?
姫の、体温が伝わるのだが……!


ちらりと、目を横にやると姫の上で括った髪が揺れていた。


「いっちに、いっちに……」
「っ……」


うなじがっ……!
姫のうなじが見えてしまった……!

お、俺はなんと言うものを見てしまったのだ。
姫の、うなじなど……!


見てはいけないと思い、目を逸らすが見たいという欲が抑えられずにまたちらちらと見てしまう。
俺は、こんなにも弱い男なのか!


ちらちらと、うなじに視線を寄せているとまたもや揺れている物を見付けた。


「むっ……!?」


む、むむむ胸!?

体操服の中で小さく揺れ動いている『それ』に目が釘付けになった。


ここが、気になってしまったのは俺のせいではない!
ま、政宗殿が悪いのだ!!

政宗殿が全て悪い!!


そう思って居ると、いつまにかゴールした。



「やったー! 一位だねー」
「そ、そうでございますな!」


そう、声を振り絞って出せば、しゃがんで手ぬぐいを外した姫が見上げられた。


「真田君と私の相性いいかも」
「へ!? あああ、あ相性!?」
「うん。一回も躓かなかったし」
「そ、そうでござろうか!?」
「そーだよ。……って、あ! しのっちー!」



じゃあね! と俺に手を振って姫は友人の居る方へ走っていかれた。


姫が去った後に残ったのは、ふんわりと優しい香り。
その中には少し汗の匂いも混じっていた。


ああ、これが姫本来の香りなのだな……。



俺は、今死んでも後悔ない。




「旦那ー! いつまでそこに居るの!」
「変な妄想してねえで帰って来い!」


佐助と政宗殿の声がした方を向くと、いつもの四人が立っていた。
ああ、もう競技は終わったのだな……。

惚ける脳で四人の元へ歩いた。



「まさか先輩に借りられるとは、俺予想だにして無かったよ! 幸村、良かったな!」
「ああ、俺も驚いたな」
「旦那、良かったね」

「う、うむ……」


騒いでいる三人の中に、一人俺の事を見据えていた政宗殿。


「Hey,幸村。なんか言う事は?」
「……誠に感謝いたす。コーヒーで宜しいか?」
「OK.Blackだ」
「承知」


一応だ。
一応、政宗殿が背中を蹴って下さらなかったら俺は姫に近づけなかったかも知れぬ。
気に食わぬが、感謝の印を渡さねばならぬ。



「で、どうだった? princessは」
「どう、とは?」
「あんだけ密着してたんだ。なんか収獲はあったんだろ?」
「っ!?」


先程の出来事を思い出して、顔が熱くなった。

「お、その顔だったらなんかあったんだな」
「えー何? 何があったの、旦那」
「俺にも教えてくれよ!」


四人に詰め寄られて俺は一歩下がった。
し、四面楚歌ではないか!

これは答えねばならぬのか!?


「い、言いたくないのだが……」

「だめ」
「だめだ」
「No」
「だめだよ」


「そ、そんな息を合わせて言わなくとも……」
「いいから、いいから。教えて旦那!」


この四人は俺が話すまで離れぬのだろうな……。

し、仕方あるまい、言わねばならぬのか。



「お、俺は……! そ、その」
「うん? なになに?」

「ひ、ひひひ、姫、ふぇ、ふぇち、か、かも知れぬっ……!」



恥ずかしすぎて、俺はしゃがんで顔を隠した。

な、何を一体言ったのだ、俺は!


「旦那……そんなの、前から分かってたよ」
「なっ!? なぜだ! 俺でもつい先程気付いたばかりだというのに!」


佐助の声に信じられず、顔を上げると慶次殿以外が呆れた顔をしていた。


「な、何か……?」
「はあ、こいつに期待した俺が馬鹿だった」
「旦那だからこういう事気付けただけでも成長したよ」


なぜ、みなは不服そうなのだ。
恥を忍んで告白したというのに。


「話、変わるけどよ……」


三人の態度に眉間に皺を寄せると、元親殿が思い出したように話した。


「姫が取ったお題はなんだったんだ?」


「あ」
「それ気になる! なんだったの?」


また、四人が詰め寄ってきた。


「あ、いや……聞いておらぬ」


「Ah? 能無しだな。テメェは」
「の、能無しとは失礼でござる!」
「本当の事だろうが」
「違いまする!!」

「はいはい、落ち着いて二人とも。何れ、噂かなんかでこっちにも伝わってくるでしょ。それも待てないんだったら、俺様が調べるし」


俺と政宗殿の間に入り、それでも納得できない? と有無も言わせぬような笑みを向けてきた。


「Shit! しゃーねーな」
「い、異論はない」

「これで解決〜。もう、揉め事しないでよね」
「……OK」
「……承知」



姫は一体、何のお題を引かれたのだろうか。


……好いておる人、か?


「っ……!」


ないないない!
慢心するな、幸村!



「幸村、また赤くなってんぞ」
「色々難しい時期なんだよ、今」
「恋が幸村を成長させてんだよ、きっと!」
「ただ、変な妄想でもしてるだけじゃねぇのか?」



「へへへ、変な妄想などしておらぬ!!」



(旦那もやっと、思春期の仲間入りだね)

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