03 恋は盲目 日直の仕事が終わり、部室へ行こうと下駄箱に来ると佐助が外の様子を見て憂鬱そうに呟いた。 「うわー雨降りそう……」 「そうだな」 空は雲で全て覆われていて、今にも雫を落としそうだ。 この様子だと、俺が皆と部活に合流した頃に降ってきそうだな。 「最悪。降水確率10%だったのにさあ。洗濯物干して来ちゃったじゃん」 だから、梅雨って嫌いだよー。なんて嘆いている。 確か朝に久しぶりに洗濯物干せるーと喜んでおったな。 だか、この空だと雨が降るのも時間の問題だ。 「旦那、傘持ってるよね」 「うむ。折り畳みが鞄に入っておる」 「そう、なら良かった。じゃあ俺様先に帰るね」 「ああ」 「旦那も傘持ってるんだから、あんまり濡れないように帰ってきてよね」 「……わかっておる」 「何その間」 ほんとに濡れないでよねー。と念を押しながら佐助は靴を履き替えた。 濡れぬように気をつけるが、保障は出来ぬ。と心の中で言い俺も靴を履き替えた。 「え、うそ……降ってきたじゃん!!」 ぽたぽたと少しずつ降ってきた雨に佐助が焦ったように言うと、佐助の声を合図にしたのか、バケツの水をひっくり返したように雨が降ってきた。 これでは家に着く頃には洗濯物はもう水に浸したようになっておるだろうな。 隣でどんどん顔が蒼くなっていく佐助が何を考えているか予想できた。 笑いそうになるのを耐えて、折り畳み傘を取り出すと女子二人が出て来た。 「最悪……なんで私らが帰るときに降るわけ!?」 「ほんと、ありえないよねー」 「っ!」 その声に俺の心臓が飛び跳ねた。 「あ、この声って……」 蒼い顔していた佐助が楽しそうに俺の方を向いた。 「もー傘持ってきてないじゃん……」 雨を睨みながら、悲しそうに呟いた姫。 その憂いを含んだ声も魅力的で……っ! 「旦那、顔真っ赤」 「う、うるさい……」 まさか、このような所で姫のお声が聞けるとは……! 思いもよらない事に思わず座り込んだ。 ……倒れなかったのは、日々の鍛錬の賜物だ。 「どうしよう……濡れて帰るしかないよ」 屋根から垂れてくる雫を手に受けながらそう姫が言うと、佐助が俺の視線に合わせるようにしゃがんだ。 なんだ、俺をからかうつもりか。 ……洗濯物が濡れたからといって俺に当たるな。 立派な八つ当たりだ。 そう思って、佐助を見ていると俺の予想とは全く違う事を言った。 「旦那旦那、いいこと思いついたよ」 「な、なんだ」 「旦那の折り畳み傘貸してあげなよ」 「はっ!? お、俺のをか?」 「うん。貸してあげたら、姫さんは旦那のこと良い人だって印象に残るでしょ? それに貸すんだから返しに来てくれるから、そのとき会えるんだよ?」 そして、極めつけには……と溜める佐助に生唾を飲んだ。 「旦那の傘に、姫さんの手が触れるんだよ?」 「なっ!?」 なんだ、それは……! いい条件しかないではないか!! お、俺の傘に……あの姫のお手が触れるだと……? 一生の宝になる!! 手に持っている傘を握り締めた。 「貸すでしょ?」 「当たり前だ!」 「じゃあ、貸してきなよ」 「はっ!? お、俺が行くのか!?」 佐助が立ち上がって、俺の腕を引っ張った。 俺が、あの方に直接渡しに行くのか? そそ、そんなことできぬ! 「旦那が行かなくて誰が行くのさ」 「ささ、佐助、お前が行け!!」 「なんで? せっかく話せるチャンスだよ?」 それに、俺様が行ったら姫さんは俺様がいい人ってことで印象に残っちゃうじゃん。と、佐助は理解できないのか、首をかしげた。 確かに、そうだが……。 「お、俺は……あの方と話せる身分ではない!」 「何言ってんの。あの人との身分の違いなんて学年だけでしょ」 ってか、そんなちっさーい身分の違いを気にしてんの? と親指と人差し指の間を小さくして言った。 「小さな身分ではない!」 あの方は姫なのだ。 俺は一般市民だ。 一般市民が気軽に姫に声をかけるなど、恐れ多い! 声を荒げて、そう言えば佐助は苦笑いした。 「……もう、どうでも良いから行きなよ。姫さん、雨の中帰っちゃうよ」 「な、なんと!」 「姫さん、濡れて帰るんだから風邪引いちゃうかもしれないね」 旦那はもうしばらく風邪引いてないから忘れてるんだろうけど、風邪って辛いんだよ。と言った佐助の言葉に反応した。 俺のせいで、あの方が辛い思いをなされるかも知れぬのか。 「そ、そんなこと」 「やっちゃだめでしょ?」 「う、うむ! 渡しに行って参る!」 「いってらっしゃーい」 立ち上がって、俺は姫がいらっしゃる方向に足を進めた。 落ち着け、俺の心臓。 大丈夫だ。姫はお優しい方だ。 俺の持っている傘でも、きっと受け取ってくださる。 震える足を叱咤して、一歩一歩足を進めた。 「しょうがないなー私の傘に入れてあげるよ」 「嘘、しのっち! ありがとう、愛してる!!」 「え……?」 傘を持っている……? 「あらら、お友達が持ってたんだね」 旦那、残念。なんて佐助が呆れたような声が聞こえた。 「どうせ、なまえの家なんてここから歩いて三分ほどだから別にいいよ」 「うん! ほんと、太っ腹! わたし、しのっちと結婚するよ!」 「はいはい。今度アイス奢ってくれたらいいから」 「イエッサー!」 そう姫が言うと、二人は一つの傘に入って、雨の中帰っていった。 「旦那、どんまい。次のチャンスもあるだろうから気を落とさずにさ」 姫さんの家が学校の近くにあるってことが分かっただけで、大きな収穫じゃん。と、俺の肩に手を置いた。 ああ、そうだ。 姫の家が学校から近いということが知れただけでも良かったではないか。 ……だが、 「姫は、あの友人を愛していると……」 「はあ?」 「け、結婚するとも仰られていた……!」 俺の、入る隙間などないではないか。 もう、婚約者が決まっているとは……。 「旦那、落ち着こう。冷静になって?」 「俺は、冷静だ」 「だったら、可笑しい事に気付いて。お願いだから」 「何に気付けというのだ」 「日本では女の子同士、男の子同士は結婚できない法律があるの」 「あ……そ、そうであった」 そうか、では姫は結婚なされないのだな! 良かった! 俺にもまだ機会があるのか! 「……良かったね、旦那」 「うむ!」 溜息をついた佐助を無視して、傘を差し部室へと向かった。 「……普通、愛してるとか結婚するとか冗談って気付くでしょ」 (物事が普通に考えられなくなるのが、恋なんです) [戻る] ×
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