夢うつつ | ナノ






―――― 一年後。


高校生活最後の夏になり、夏期講習やら何やらで忙しい夏。

そして、今日が幸村と出会って一年経った日。

お祝いにケーキを買いに行こうかな、と思っている矢先に起こった出来事。




「俺、みょうじの事が好きなんだ。だから……その……」
「ごめん。私好きな人いるから」


あー私、人生最大のモテ期かもしれない。
今年に入ってもう七人目。

今まで告白なんて幸村以外にされたことなんてなかったのに。


何で今年に入ってこんなに告白されるわけ?


幸村が試験を受けに行ってからだよ。こんなにモテ始めたのは。
幸村が帰ってくるまでにいつか誘拐されそうなんだけど。


この前なんか早朝に家の前に見知らぬ男が立ってたりしたからね。
深くフードを被ってて不気味だった。


あー怖い怖い。




「片想いなのか?」
「んー両想いだよ」

そう笑って言えば、男の顔に影が出来たように見えた。

私如きでそんなに落ち込まなくてもいいのに。
私よりもっと良い娘は腐るほどいるよ。


「じゃあっ……俺とは無理なのか!?」
「ごめんって言ったじゃん」
「お、俺の方が……!!」
「ちょ、しつこい! 何でそんなに執着すんの!? 私のどこが良いの!?」


さっさと諦めて欲しい。
今日はケーキ買いに行って一人で楽しんで食べるんだから!


「そ、それはっ……去年の秋頃から、急になまえが綺麗になり始めたから……」
「はあ?」

秋頃から綺麗に?
人間ってそんなに変わるもんなの?


「……あ」

……もしかして、幸村のせい?
幸村に恋してるから?


わお、恋する乙女は綺麗になるって本当だったんだ。


「今年の冬頃からいいなと思い始めて、半年間俺も必死に磨いてきたんだ……!」
「や、あの……力説してくれるのはありがたいけど、無理だから」


ごめんね、とだけ伝えて私は踵を返した。
ケーキ売り切れてないよね? 折角高いやつ買おうと思ってんのに。

売り切れてたらどうしよう。


後ろの男の存在なんか忘れて歩き出すと腕を掴まれた。


「な、んでっ!!」
「ちょっ!? 何!?」

気づいた時には壁に押さえつけられてた。

なんで、こんな事されてんの?
私、今帰ろうとしたのに?


なんでこの男は私に執着するの?
頭おかしいよ。


「俺は、お前のために磨いたのにっ……!」
「は!? 誰も頼んでないし!!」


腕痛い。
こんな思いっきり握らなくても良いのに……!

つーか、この状況ってヤバイよね。
ここ、人気の少ない道だし。
それに腕掴まれて壁に押さえつけられてるし。

危ないフラグがビンビンに立ってる気がするんだけど。


「今すぐ離して」
「嫌だ!!」


ほんとヤバイ。
腕もさっきより強く握られてて痛い。
まるで、私を逃がさないようにしてるような……。


「か、彼女にならないのならっ……!!」

そう言って、顔を近づけてきた。

「いやっ……!!」

こんな奴に奪われるのだけは……!


顔を逸らして、目をぎゅうっと瞑った。




「汚らわしい手でその女子に触れるな」




目の前の男と違う声が聞こえたと思うと、腕の痛みが無くなった。
痛みがなくなった代わりに、ふべらっ! という情けない声が聞こえてきた。

目を瞑ってたから、状況が把握できない。


一体何が?

目を開けると、男は居なくてその代わりに見覚えのある男が居た。


「ゆ、きむ……ら?」
「……まだ力が戻ってこないでござる」

前はもっと吹っ飛んだはずだが……。と手を開いたり閉じたりした。



あれ? 今男を吹っ飛ばしたのは幸村?
なんで物質に触れてんの?
なんで透けてないの?


「え、ちょ……うそ」

訳がわからず気が動転していると、幸村が私の方を向いて太陽のように笑った。


「なまえ殿、息災でよかった」

「もしかして、戻ってきたの……?」
「うむ。一回で合格できたのだ」
「うそ……ほんとに?」


何でだろう、目の前に透けてない幸村がいるのに信じられない。
幸村と出会って一周年記念で夢見てるんじゃないかなんて思ってしまう。



「信じられぬのなら、触れてみてはどうでござるか?」


幸村はそういうと両手を広げた。

え、何? これって飛び込んで良い印なの?
遠慮しないよ?

誰と話してる訳でもないけど、一応忠告しておいて幸村の胸に飛び込んだ。



「……あったかい……」
「某も温かいでござる」


幸村の腕が私の背中に回された。
やばい、嬉しい。
幸村ってこんな匂いしてたんだ。


今まで霊気しか感じられなかったのに幸村の体温が感じられ、匂いに包まれる日が来るなんて。

しかも一周年にこうやってまた会えるなんて、ロマンチック。



「やっと触れた……」
「すまぬ。二月程前には戻っていたのだが」
「そうなの?」


二ヵ月ほど前だから、五月には戻ってたの?
何で連絡くれなかったんだろう?

もしかして連絡できない状況だったのかも……。



「約一年も眠りっぱなしだったので、体中の筋肉が衰えていたのだ。日常生活が普通に送れるようになるまで少し時間が……」
「そっか」


私も三日寝てただけで体が思うように動かなかったし。
一年も寝てたらそりゃ筋肉もすごい衰えるよね。


「それに佐助が……」
「佐助君が? 何か言ったの?」
「出会って一周年にもう一度会いに行った方が感動的だと……」
「うわぁ……」


確かに私も一周年とかやたらと気にしてたから、感動しちゃったよ。

佐助君にはお見通しだったってこと?
……私ってそんなに分かりやすいかな。




「……知らぬと思うが、会いたい衝動が抑えられずに早朝のランニングになまえ殿の家をコースに入れたりしていたのだ」
「え?」


私の家をランニングコースに入れてた?
もしかして、この頃見る家の前に立ってたあの不気味な男?


「ね、ねえ、もしかしてフードを深く被ってたりした?」
「む? もしかして見ておられたのか?」
「……そ、そっか」


……自己嫌悪。
自分の好きな人を知らなかったとはいえ、不気味と思っていたとは……。
しかも幸村は私に会いたいと思って来てたのに。


「なまえ殿? どうかなされたか?」
「い、いや! 何でもないよ!」
「ならば良いのだが……」


うん。このことは胸の奥底に閉まっておこう。
言うべきじゃないよね、これは。
そう思って、幸村の胸に顔を埋めた。


「そ、その……なまえ殿」
「なに?」
「えっと……その……」


幸村は口篭ると、私の肩を掴んでベリッと剥がした。

よくわからなくて、幸村を見上げると顔は真っ赤になっていた。


「そ、某は、留年をしてしまったのだ」
「……そっか。けど、しょうがないよ」

一年間も学校に通ってないんだからそりゃ留年はするよ。
けど、これは不可抗力なんだから。


「なまえ殿の気持ちも理解しようとせず勝手に突っ走ってしまうこともあるやも知れぬ」
「そうかもね」
「勉強もまともに出来ない上に、すぐに赤くなってしまうような未熟者でござる」
「うん」

その通りで、思わず笑ってしまった。
現在進行形で顔真っ赤だし。

掴まれた両肩も力強く握られて少し痛い。



「し、しかし! なまえ殿を想う気持ちは誰にも負けぬ!! 故に……!」


そう幸村が言った瞬間、唇に感じた熱。

「ん……」


初めは驚いて目を見開いてしまったけど、心地よい温かさに目を閉じた。

合わさるだけのキスが終わり、目を開くと茹で蛸の幸村が視界に入った。
多分私もこんな風に赤いんだろうな。
なんて思うと、笑みがこぼれた。



「そそ某の彼女になってはもらえぬか……?」
「っ、はい」

綻びながら言うと幸村も笑顔になった。

こうしてちゃんと言ってもらえるなんて思ってなかった。
嬉しくて、ほんと夢なんじゃないかって思う。

……夢だったら私立ち直れないよ。

まあ、感触とかしっかり感じてるからそれは無いだろうけど。


そんな事を思っていると一つ思い出した。

そうだ、これ言わなきゃ。



「一つだけ言っていい?」
「な、なんでござろう!?」



もう一度口角を上げてこの一年間早く言いたいと、ずっと思っていた言葉を口にした。





「おかえり」




(「た、ただいま……!!」が聞こえた後また幸村の匂いに包まれた)

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