そして9月1日がやってきた。 半年ほどしか英語の練習はできなかったが、ゆっくり簡単な言葉で話してもらえればなんとか理解できるようにはなった。 コンパートメントで相席になった子達と友達になった。 入ってきた二人は、なんだか怒っていて怖かったが勇気を出して話しかけた。 後にわかったことだけどどうやら二人ははじめに座っていたコンパートメントで喧嘩をして移動してきたらしい。 たどたどしい英語で自己紹介すると、二人は私が英語があまり話せないとわかったのか、理解できるようにゆっくり話してくれた。 ふたりの名前はリリー・エヴァンズとセブルス・スネイプと言った。 セブルスの方は無愛想で感じが悪そうだと第一印象で思ったが、ゆっくり自己紹介したり、聞き取りやすくはっきりとした発音をしてくれるあたり、根はいいやつなんだろうと思った。 私が純粋な日本人だと話すと二人は大げさに驚いた。 ホグワーツに純粋なアジア人は初ではないかと言うのだ。 今まで日系はいたかもしれないが東洋人でホグワーツに入るのは聞かないという。 リリーやセブルスは勉強が好きらしく、入学が決まる前からたくさんの魔法の本を読んだらしい。 その中に東洋人の名前が出てきたことは一度もないらしい。 確かに特急に乗る時に一度も東洋系の顔を見てない。 東洋人でホグワーツに入るのは私が初めてなんだと分かり舞い上がった。 やっぱり私は選ばれし人だと思い込んだ。 自信に満ち溢れていた。 みんなで一緒の寮に入れるといいねなんて話し、ホグワーツについた。 組み分けの結果、私とリリーはクリフィンドール、セブルスはスリザリンになってしまった。 セブルスと離れてしまって悲しかったが、寮は違っても同じ一つ屋根の下に暮らすし合同授業もあると聞いているため、心配することはないだろうと楽観していた。 魔法の授業や新しい友達ができることに少しの不安と大きな期待に胸を弾ませていた。 そして私の試練の時がやってきた。 「ねえねえ、私エレナ・ターナーっていうの、エレナって呼んでね! あなた有名よ! ホグワーツで初の東洋人なんだもの。私初めて見るんだけど本当に東洋人って黄色くてのっぺりしてるのね。ビックリしちゃった!」 「諸君! 入学おめでとう。この授業では魔法薬学を教える。とても繊細な作業を要する。小さな横着が大きな事故を起こす恐れも十分あるため――――……」 何も理解ができない。 誰もがリリーやセブルスのように優しくないのだ。 みんながみんな簡単な言葉でゆっくりはっきりと話してくれない。 私が日本で勉強してきたのは日本の英語だったのだ。 実践の、本場の英語の前では何一つ通用しなかった。 文法ができても話すことなんてできない。 教材のリスニングができても普通の会話のスピードは全く理解できない。 本も読めないのだ。 リリーが横にいてくれる時はゆっくり分かりやすく丁寧に教えてくれる。 必然的にリリーにくっつく形になった。 日本ではみんなを従えていたのに今ではリリーの後ろにくっついている。 まるで金魚のフンだ。 私がだれかの下になるはずなんてないのに。 「いつでも私を頼ってね」 リリーは優しかった。 隣にいたセブルスも力になると言ってくれた。 ふたりの慈悲は嬉しかった。 けれど、私のプライドが許せなかった。 ふつふつと腹の底から不満や怒りが湧いてきた。 リリーたちは全くそんなつもりはないんだろうが、私を下に見ていると感じてしまったのだ。 私だって、リリーたちがいなくたってできる。 そう思った。 セブルスやリリーに図書館で英語を教えてもらった帰り、私たちの前を歩いていたスリザリンの上級生らしき女の人がハンカチを落とした。 出来るところを見せる絶好のチャンスだと思い、私がハンカチを拾った。 女の子に駆け寄って声をかけた。 「あの! コれ、落ちるたよ。アナタノだよね?」 たどたどしくだけど、言えた。 私は達成感を感じながら拾ったハンカチを差し出した。 「ぷっ」 振り返って足を止めた子と、隣の子が吹き出した。 予想外の反応に私は固まってしまった。 女の子は私からハンカチを奪いとった。 「今の発音聞いた? 変なの!」 「やっぱ、東洋人って頭悪いのかしらね」 「英語も喋れないくせによくホグワーツに入れたわね」 「しかもこの子マグルでしょう? マグルで東洋人とか最悪よね」 「このハンカチなんだか汚いしもう捨てましょ」 エバネスコ、と持ち主が呪文をかけるとハンカチは消えた。 そのまま、私を蔑んだ目で見て踵を返した。 何を言っているかわからなかった。 理解できなかったけど、馬鹿にされていることだけはわかった。 言葉はわからなくても口調や目や仕草で差別されていることがわかった。 マグル、東洋人、汚い、そんな言葉だけが聞き取れた。 初めて向けられた悪意のある言葉に放心してしまった。 「さいってい! なんなの! なまえ、放っておきましょあんなの! 東洋人でマグルの何が悪いのよ!」 「ああ。気にするな」 リリーとセブルスたちは私の代わりに怒ってくれた。 私はプライドが崩れ落ちてしまった。 どうして。 何も悪いことをしていないのに、ただ存在するだけで蔑まれなければいけないのか。 東洋人であるだけでなんでそんなに差別されるのか。 英語が話せないのがそんなにも悪なのか。 英語が話せるようになるのに努力したのがこんな結果になって返ってくるなんて。 あんなにも純粋な悪意を向けられたのは初めてだった。 日本での私の権力は全く通用しない。 こわい。 そう感じてしまった。 英語を話すのが、人と関わるのが怖くなった。 (井の中の蛙だと思い知らされた) [戻る] ×
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