fate. | ナノ



fate. 番外 本編後の設定です。






仕事から帰って親父に仕事内容の結果を報告に行った。
報告も終わり、なまえの家に向かおうと廊下を歩いていると、じいちゃんと出くわした。
軽くあいさつして急ごうとしたが、引き留められた。


「なに?」
「なまえとはいつ結婚するのかの?」




その言葉に返事できなかった。

なまえとは結婚しようって約束はした。
けどすぐしようっていうと、まだ早いって言う。
お付き合いをしばらくしてからじゃないと嫌らしい。
俺にはよくわからないけと、正直なまえとずっと一緒に入れるなら結婚を急ぐ必要もない。
だからなまえの意思を尊重している。



「なんじゃ、まだ時期は決まっておらんのか」
「なまえがまだ早いって言うし」
「……そんなモタモタしておったらほかの男に盗られてしまうぞ」




盗られる?
なまえがほかの男に?


すぐ理解できなくて想像してみる。


ほかの男とハグするなまえ。
笑いあったり、膝枕したり、俺のお気に入りのベッドで男が眠ったり……。

なまえがオレ以外と?



想像しただけで腸が煮えくり返った。
そんな男、この世で一番苦しい死に方させてやる。



「そんな殺気を出すな。冗談じゃ、冗談」
「……めちゃくちゃむかついた」


なまえがそこら辺の男に靡くわけないだろう、と苦笑いしているじいちゃんに本音を隠さずに言う。




「しかし、なまえは何を渋っておるんじゃろう」



じいちゃんが少し伸びたひげを触りながら考える。
お付き合いしてからがいいってなまえが言ってたからだと言おうと思ってたが、もしかしたら本当の理由がわかるかもしれないと黙っておいた。
オレは女心とかよくわからないし、経験のあるじいちゃんのほうがなまえが考えていることがわかるかもしれない。



「イルや、ちゃんとプロポーズはしたのか?」
「結婚してって言ったよ。そしたらなまえもいいよって言ってくれた」
「何も渡しとらんのか?」
「え……」



嘘の暗殺依頼を言い渡されたあのときは、どうにかしてなまえを殺さなくてすむようにしようと必死だったし、何も渡してない。
というか、婚約指輪を選んでる暇もなかった。
三日しか期限なかったし。




「それじゃな。ちゃんと渡さんか。決めるときはビシッと決めんといかんぞ」
「……じゃあ、指輪買ってくる」


思い立ったが吉日、とショップに急ごうとしたが、ふと疑問が脳裏をかすった。



「あのさ……」






********************************




先程買ったモノをポケットに入れてなまえの家に急ぐ。


家に近づくと畑で野菜を収穫しているなまえがいた。
いつも通り近くの木に石を当てて、俺が来たことを知らせてから近づく。

石が当たった音に少しびくりとしたが、前よりは落ち着いた態度のなまえ。
もう何回もこの行為を繰り返してきたからもう慣れたんだろう。


収穫した野菜を籠において振り返った。
土に触れた軍手で顔を触ったのか、少し汚れている。


「イル、おかえり」
「ただいま。土、ついてるよ」


土を取るように頬に触れる。
何度かこするときれいにとれた。
なまえは安心しきったように目を閉じてオレの手を受け入れている。
なんだか胸のあたりがあったかくなった。



「ん、ありがと」




拭い終わると、ふにゃりという効果音が付きそうな笑顔を見せたなまえ。
やっぱりなまえは念使えるんじゃないかと思う。
じゃないとオレのこの心臓の速さは説明できない。



「あのさ」


ポケットに入れてあった例のアレを取り出す。

なまえに差し出せば、きょとんとした後少し動揺した。



「え、お土産?」


なんだか喉が引きつってうまく声が出なかった。
何も言えなくて無言のままなまえが受け取るように差し出す。

ああ、言葉を忘れたみたいだ。

心臓は胸にあるはずなのになぜか鼓動が耳元で大きく聞こえた。




軍手を外して少し服で手を拭って厳かに受け取った。


「開けていい?」


頷くことしかできない。
なまえが箱を開けた。

パカッと軽い音がして中身が顔をのぞかせた。


なまえが中身を手に取る。


シャラン、と上品な音がした。
真っ赤で金色のデザインが入っているソレがなまえの手の中にある。
ああ、やっぱり思った通りなまえに似合う。




「かんざし?」



震える喉を叱咤して言葉を紡ぐ。




「結婚しよう」
「え!?」



なまえが驚いたように目をぱちくりさせた。
なんで驚いているんだろう。



「ジャポンではプロポーズする時にかんざし渡すんでしょ」

「ええっ!?」


また驚いたような声を上げる。
なんでそんな反応なんだろう。
予想と全然違う。


すると急になまえがかんざしを握ったこぶしで顔を隠した。
顔を隠した上に俯いたため、なまえがどんな表情をしているかわからない。
わかるのはどう考えても俺の好きな表情をしていないということだ。


……どうしよう。

何かオレは間違えたんだろうか。


ジャポンのような島国でもプロポーズをするときに指輪を渡すのが普通なんだろうか。って思ったからちゃんと聞いたのに。
じいちゃんがプロポーズする時にかんざしを渡すのがしきたりって言ってたのに。
ちゃんとその通りにしたのに。

何がいけなかったんだろうか。




「っく、ふ……」



肩を震わせ始めたなまえにぎょっとする。


なんで泣くんだ。
オレはきっと何か間違えたんだ。
どうすればいい。



オレはなまえの泣き顔が一番嫌いなのに。
まさかオレが泣かせてしまうなんて。



「ふ、ふふっ……あはははっ」



絶望しているとなまえが声をあげて笑った。


「え」



え、笑ってたの。
なんで?
肩を震わせてたのは笑いをこらえてたから?

全然意味わからない。


けど泣いてないならそれでいいや。

笑ってくれるならそれでいい。



「あははっ、い、いつの時代……!」
「え? 違うの?」
「お、大昔の習慣だよ……ふふっ、はは……今は指輪だよ」



まだ顔を隠したままのなまえが笑いながら教えてくれた。
なんだ、指輪でよかったんだ。

深読みしすぎた。
じいちゃんに後で文句言おう。


笑っているなまえがようやく顔を上げた。



「……え、な、なんで泣いてるの」



笑っていると思っていたなまえが顔を涙で濡らしていた。
いくら表情の変化が乏しいといわれてるオレでもわかる。
これは笑いで出てきた涙にしては流しすぎだ。


……どいうことなんだ。
まったくわからない。


笑ってたと思ったら今度は泣いている。
なんで?




「ふっ……ううっ……く」
「ゆ、指輪じゃないのそんなに嫌だった?」
「ふうっ、ち、ちがうの……」



かんざしが気に食わなかったんだ。
じいちゃん、ほんと勘弁してほしい。



「ごめん、それ捨てていいから、指輪買いに行こう」
「ほ、ほんと違うの。待って、これがいいの」



強くかんざしを握ったなまえ。
これで満足してるのになんで泣くんだろう。




「これ、嬉し泣きなんだよ」
「嬉し泣き?」



思わず聞き返す。



嬉しいときは笑うものだ。
涙は悲しいときに出てくるものだ。

けれど、嬉しくて泣けてくるの?
オレの知らない感情だ。




「嬉しい、すっごく嬉しいよ、イル」



泣きながらオレの好きな笑顔を見せたなまえ。



オレはなまえの嬉しそうな笑顔が好きだ。
反対に泣き顔は一番嫌いだ。


一番好きと嫌いが混じってる。






けれど、この泣きながら見せる笑顔は今までで一番好きだ。






「イル、ありがとう。大好きだよ」





プロポーズの返事をもらってないとかもうどうでもよかった。


身体がマグマのように熱い。
衝動のままなまえを抱きしめた。





「オレも大好き」





(いつもと違う笑顔×イルミ)

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