「なまえ、元気ないわね」 「え? そんなことないよ」 お母さんにそう指摘されて無理やり笑顔を作った。 表情には出さないようにしてたけどやっぱり家族にはバレるか……。 だって、あんな辛そうなイルを見て普通になんかしてられないよ。 なんとか悩んでることを解決してあげたいけど私には出来そうもない。 イルは私に教えてくれないし、イルの様子では悩みの種は私のようだ。 ……私がいることでイルに何か不都合なことが起きたんだ。 私なんかじゃイルの助けにはならない。 「そう……」 お母さんは何も聞かないでくれた。 気まずい雰囲気になって2階に上がる。 イルは来てるかな。 今日こそは泣かないで欲しい。 三日も連続で泣いてるイルを見たくない。 部屋を開けると誰もいなかった。 「……いないのか」 大丈夫かな、イル。 悩んで一人では泣いて欲しくない。 イルの泣いてる顔や悲しんでいる顔は見たくないけど、一人でそんな顔するくらいなら私のところに来て欲しい。 私の首を絞めることで何か解決できるなら喜んで受けるよ。 机の引き出しを開けて二通の手紙を取り出す。 イルから貰った手紙。 書き置きのような、メモのような手紙。 開いて中を確認する。 イルの書いた「きつねうどんが食べたい」という字を指でなぞる。 ――――瞬間、 窓が吹っ飛んだ。 驚きで声も出ない。 足元に散らばるガラス片を見つめる。 なんで。 なんなのこれ。 「っ、なまえ!!」 突然響いた苦しそうな声に顔を上げると顔を歪めたイルが私に飛びついてきた。 イルの重さと勢いに私が耐えられるはずもなくカーペットに倒れこむ。 頭を打って目眩がする。 「ううっ」 痛い。 頭もだけど、下にガラス片があったから少し刺さってるかも。 深く刺さってるわけじゃないから大丈夫だけど。 けど痛いのには変わりがない。 私に馬乗りになったイルを見る。 霞んだ視界がだんだん晴れてきて、イルの顔がはっきりと見える。 「イル……」 「なまえ!!」 何するの。と聞く前に遮られた。 なんだか切羽詰っているようでとりあえずイルの言い分を聞くことにした。 「オレと結婚して!」 「は?」 私の真上で真剣にそう言ったイル。 え、なに。 ……結婚!? 「何言ってんのイル!」 「一番簡単なこと忘れてたんだ。他人でも家族になれる方法」 「い、イル、落ち着いて……」 「お願い結婚してなまえ」 「落ち着いて!」 脅すような剣幕に怯む。 いきなり結婚なんて。 「わ、私たち、付き合ってもないのに」 「絶対幸せにするから」 「は、話聞いてよ」 「結婚して。……それとも、っ……いや、なの」 辛そうに言うイル。 やめて、その顔。 いつも無表情なイルがこんな表情すると本当に困る。 「オレのこと嫌いなの」 「ち、違うよ! そんなことは絶対ない!」 「ならいいよね、結婚して」 「待ってってば!」 なんですぐそっちに行くんだ。 こっちは混乱してるのに。 結婚なんてこんな簡単にするものなの? 違うよね。 「なんで、私と結婚したいの」 私が少し声を低くして尋ねる。 すると少しイルが落ち着いたように見えた。 「初めは殺したかった」 「え」 どういうこと? 殺したい? 今!? 全然理解できないけどまだ話そうとしてるから最後まで聞いてみる。 「キルをオレから奪うから」 「次は殺さなかった。じいちゃん達に命令されたから」 「殺したくないって思った。なまえに死んで欲しくないから」 「殺せなかった。なまえの首を絞めると手が震えて涙が止まらなくなって、力が入らないんだ」 「だめなんだ、他人を殺したくないなんて思うなんて。殺せないなんて……!」 イルの目に涙が溜まっていく。 容量を超えた涙は溢れて私の頬に当たった。 「い、る……」 「ゾルディックに生まれたオレがこんなことじゃ、だめなんだ……オレは家族のために生きてきたのに!」 「他の人間ならいくらでも殺せる。けどなまえだけは無理なんだ、できない……!」 「っ……」 イルの本音に心が締め付けられる。 私も涙が溢れてくる。 イル、こんなこと想ってくれてたんだね。 「大切なんだ、なまえが。世界で一番大切な他人なんだ」 こんなに心に言葉が染み渡るのは、これが本当の言葉だからだろう。 「だから結婚しよう。オレの家族になって」 「ふっ、ううっ」 イルミの涙が止まった代わりに私の涙が止まらなくなった。 「泣かないで、オレはなまえの嬉しい顔がみたい」 「い、る……」 イルに腕を引っ張られてイルのあぐらに座らされる。 前髪を上げられて額にキスをされる。 その後、抱きしめて背中を軽くあやすように叩いてくれた。 前に私を慰めてくれた時と同じ行為。 安心できる。 私もイルの背中に手を回した。 「いいよ」 「なまえ?」 「結婚しよ、イル」 私のことをこんなに大切にしてくれる人はこの世界にいない。 イルが好きだ。 ずっと一緒にいたい。 「ほんとに……?」 「うん。幸せにしてね」 「……絶対にする」 抱きしめられる力が強くなった。 ほんの少しイルの手が震えていた。 「じゃあ、行こう」 「え、どこに?」 「期限の三日までもう時間ないから早く行かなきゃ」 「ちょっ、ど、どこに!?」 イルは私を抱えて割れた窓から飛んだ。 (世界で一番大切で必要な、なくてはならない他人) [戻る] ×
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