今日はお客さんの入り悪いなあ。 テーブルを拭きながらそう思う。 まあ、そういうこともあるけど。 暇だったら違うこと考えちゃうんだよなあ。 イルは一昨日にまた仕事が入ったって言って出ていった。 大変だなあイルも。 世の中にはそんなに人を殺して欲しい人がいるのかあ。 店の扉が開いた。 「うわー変わってねえ!」 「いらっしゃいま……」 「よ! なまえ!」 「キルア!!」 思わず布巾を投げ捨ててキルアに抱きつく。 ああ、本物だ。 本物のキルアだ。 「大きくなって!! もう! ずっと会いたかったんだから!!」 「うわっ、離せって! おい恥ずいだろ!」 「むりむりむり! 久しぶりに弟に会えたんだから! 二年だよ! もう二年も経つんだよ!?」 嬉しすぎて涙が出てきた。 ほんとに、元気そうで良かった。 「この人がキルアの言ってたお姉さん?」 聞こえてきた子供の声に顔を上げる。 「え、キルアのお友達?」 「そうだよ! だから離せって!」 「うわ! ごめんごめん!」 すぐにキルアから離れて立つ。 「キルアの姉的な存在のなまえです」 キルアの友達らしい三人に挨拶する。 ああ、いい人そうだ。 「ゴンにクラピカにレオリオ。ハンター試験で知り合ったんだ」 「そっか。あ、時間があったら食べてってよ!」 「そのつもりで来たし」 「ん。じゃ、こちらの席にどうぞー」 四人をテーブル席に案内して注文を取る。 お母さんが気を使ってくれて私は一緒の席に座ってお話することになった。 「キルア、背伸びたねえ」 「ま、二年もたったら伸びるだろ……っていい加減頭撫でるのやめろよ」 「えーだって久しぶりのふわふわ頭なんだし、もうちょっと」 「ったく……」 嫌がってる風に言ってても、手を振り払わないってことは嫌ではないんだろう。 もう、素直じゃないところは変わってないなあ。 かわいい。 「キルアとお姉さんは仲がいいんだね!」 「うん!」 「どこがだよ!」 頬を染めて私の手を振り払ったキルア。 ……友達の前だから恥ずかしかったんだろうけど、今のは傷ついたよお姉ちゃん。 「一週間一緒に暮らしただけでその後二年間も手紙でしか連絡とってないのだろう」 「そういえば、そうだったね」 「なのにこんなに仲がいいのは珍しいんじゃないか?」 キルアとはもっと長く一緒に住んでたのかと思った。 一週間か。 短いなあ。 「なんでだろうね」 「知らねえよ!」 そっぽ向いてしまったキルア。 「ま、それだけキルアとなまえさんの絆が深いってことだろ!」 多分、レオリオさんっていう人がそう言った。 その通りだ。 いいこと言うね。 私たち兄弟に時間は関係ないんだよ。 頬が緩む。 「いい友達見つけたね、キルア!」 「お、おう」 またぐりぐりとわたあめを撫でてやる。 振り払われなかった。 「あ、今日はこれから遊びに行くの?」 「いや、これから旅に出る」 「え」 キルアの言葉に一瞬思考が停止した。 「た、たび……? パドキアから出て行くの?」 「おう」 「ま、まさかまた家出したんじゃ……」 そうだ。キルアに出会えた喜びで忘れてたけど、キルアがここにいるのはおかしい。 キルアは仕事以外で外に出ることは許されてない。 なのに、友達とこの店にいるなんて。 「また誰か刺して飛び出したの!?」 キルアの肩を掴む。 いい加減ミルキ君とお母さんがかわいそうだよ。 確かにお母さんは口うるさいかもしれないけど。 私も正直嫌いだけど。 刺すのはよくない。刺すのは。 「違うって。ちゃんと親父に許可もらってきたって」 「ほ、ほんとに?」 「嘘ついてどうするんだよ」 「そっか……」 キルアのお父さん、やっぱり理解のある人だ。 いい人だね。 けど、よかった。 今回は誰も怪我してないんだね。 「なんでオレがブタ君とババア刺して飛び出したこと知ってんだよ」 オレ手紙に書いてねえよな。とキルアが訝しむ。 「イルが言ってたよ」 軽く、何でもないように言ったのに、四人が固まった。 え、なに。 私何かやばいこと言った? 何も言ってないよね。 「い、イルって、キルアの兄の……」 金髪のクラピカ君が遠慮がちに聞いた。 え、イルがどうしたの? 「そうだよ」 「えええええ! あの冷酷非道なキルアの兄貴と知り合いなのかよ!」 レオリオさんが立ち上がって大声を出す。 冷酷非道って……。 そんなにひどいかな。 最近は大きな子供にしか見えなくなってきたんだけど。 「そうだ! ずっと気になってたんだよ!」 急にキルアが声を荒らげた。 一体何なんだ。 「お前イル兄と付き合ってんのか!?」 「ええええー!」 私ではなくレオリオさんとゴン君が大声を出した。 よかった、いまお客さんいなくて。 いてたら怒られてたよ。 それよりも、キルアは一体何言ってるんだ。 「もーどこをどう見たら私たちが付き合ってるって思うの」 「全部だよ!」 「そりゃあ、始めの頃に比べたら仲良くなったけどさ」 私たちの間に流れる空気は恋人の空気では決してない。 そりゃ、友達の空気かって言われるとちょっと違うかなとは思うけど。 「仲良くなったどころのレベルじゃねえだろ!」 「えー、そうかな」 「そうだよ!」 「うーん。そんな気は全くないんだけど」 頭を掻く。 確かによく泊まりにくるけど。 それは家では熟睡できないからだし。 どうやって誤解をとこうか悩んでると、クラピカ君が咳払いした。 「あまり人の色事に口出しはしたくないが……」 「なに?」 「あの男だけはやめたほうがいい」 「おう! あいつだけは絶対ダメだ!」 言いにくそうに眉をひそめて言うクラピカ君。 それに便乗するレオリオ君。 「そ、そんなに?」 「おう! なんたってあいつはキルアを家に戻すためにゴンを殺すだとか言いやがったんだからな!」 「あ、それで止めに入ったら殺されかけたの?」 私の言葉にまたみんな固まった。 「い、いや……受験者は誰も手は出されてねえけど」 「なんだ、てっきり瀕死にでも追い込まれたのかと思った」 だから私がイルと仲良くするの反対なのかと思った。 暴力振るう男はやばいから。 「そうだよ、なまえ! 何もされてねえこいつらでも反対するんだ! なまえだったら尚更イル兄がやばいってことわかるだろ!」 キルアが私の肩を掴む。 キルアの顔が必死すぎて怖い。 「なまえさんは何されたの?」 「こいつイル兄に首絞められて死にかけたんだよ」 「ええ! なのに今仲いいの?」 「だからオレもおかしいと思うんだよ! あんなことされたの忘れたのかよ!」 「あは、最近忘れてた」 ついうっかり、と舌を出すとキルアの顔がもう、般若のようになった。 せっかくの可愛い顔が台無しだよ。 「こんの……鳥頭!!」 「だって、あの頃のイルと今とじゃ全然違うし!」 雰囲気も態度も違う。 ちょっと優しいし。 「今はもう、その……首を締めたりはしないのか?」 クラピカ君の言葉に今度は私が固まった。 あは、忘れてた。 ついこの間、あったよ。 私の動揺にキルアは目敏く反応した。 「なにされたんだよ!!」 私の胸ぐらを掴んで揺らす。 「ちょ、ちょっと首絞められた、だけ!」 「なんで!」 「キルアが家出してっ……イルが私が匿ってるんじゃないかって、勘違いしたみたいで……!」 気持ち悪い、吐く。 揺らすのやめて……! 気づいてくれたクラピカ君が止めてくれた。 もう、すごいねクラピカ君。ありがとう。 「お、オレが出て行ったとき……?」 「あ、キルアのせいじゃないよ! イルの気が動転してただけだから! 死ぬほど絞められたってわけじゃないし!」 一気に落ち込んだキルアを慰める。 キルアが悪いんじゃないんだから。 説得すれば、キルアはわかってくれたようだ。 「なんでそんなことされたのに一緒にいられるんだよ」 「う、うーん……なんでだろ」 「お前おかしいって、なんで暴力振るう奴なんかと……」 「よく言うじゃねえか。DVされた後に優しくされると離れられなくなるんだろ」 「ああ、一種のマインドコントロールのようなものだな」 「だから違うってば!」 もう、なんでこんなにもみんな思い込みが激しいの。 まず付き合ってないってのに。 三人はなんだかその話で盛り上がってて私の話なんか聞いちゃいない。 ゴン君が何かに気づいたように掌をぽんと叩いた。 「もしキルアのお兄さんとなまえさんが結婚したら本当にキルアのお姉さんになっちゃうね」 「え」 キルアが話をやめてこっちを向いた。 「だってそうでしょ? ねえクラピカ」 「あ、ああ。確かに戸籍上はそうなるな」 キルアが私を見て固まった。 あれ、どうしたのいきなり。 何があったの。 キルアを呼んでみれば、ハッと自我を取り戻したようだ。 「姉ちゃんって呼んでやんねーかんな! お前なんかなまえで十分だ!」 頬を少し染めて叫んだ。 とりあえず、ものすごく可愛すぎる弟を頬ずりして撫で回した。 (なんでこの弟はこんなにも可愛いのか) [戻る] ×
|