イルが営業時間中に来た。 今日はなんだかお客さんの入りがよくて、忙しい。 だから居間の方で待っててもらってる。 なんとか一段落ついて……といってもまだ混雑してるけどあんまりイルを待たせるのもかわいそうだからきつねうどんを持っていく。 「イルー? 入るよー」 障子を開けると、イルがあぐらをかいて座ってた。 ぴくりとも動かないし生きてるのだろうかと疑問に思う。 座禅? 精神統一でもしてるのかな。 いや、けど目開いてるし。 普通閉じるでしょ。 あれ? 私無視されてるの? この頃仲良くなれたと思ってたのに。 昔に逆戻り? え、確かに前会ってから一ヶ月経つけど、それだけで初対面の時みたいになるの? どんだけ。 「イル?」 机にきつねうどんをおいてもう一回声をかけるとびくりとイルの体が震えた。 開いてた目が余計に開かれた。 「……いたの」 「え? 入ってくるとこ見てたじゃん」 え、こっち見てたよね。 だって目開いてたし。 なにそれ視界には入ってたけど見えてなかったの? 「寝てた」 「え!? 寝てた!? 目開けて!?」 「オレ、家で寝るとき以外は目開けて寝てるんだよね」 いつ誰が襲ってきてもいいように。と付け加えたイル。 すごいなそれ! 起きたとき眼球乾きすぎて痛いだろ。 「けど、私が入ってきたとき気づいてなかったよね」 私みたいな一般人が入ってきても気づかなかったら、その手のプロだったら余計に気づかないんじゃ……。 「なんでだろう。いつもは気づくのに」 「昨日寝てなかったの?」 「いつから寝てなかったっけ」 「え!? 昨日だけじゃなくて!?」 「……一ヶ月くらいかな」 多分それくらいだったような気がする。と顎に指を添えて寝てない日数を数える。 い、一ヶ月って……。 驚いて声も出せない。 どんな訓練したら一ヶ月も寝ずに活動できるの。 「仕事が立て込んでてさ、寝る暇なかったんだよね」 いやいや、どんだけ仕事忙しいんだよ。 世の中にはそんな人を殺す依頼が多いのか。 世も末だわ。 「一ヶ月くらいなら別に寝なくても平気なのに、なんでだろう」 「いや! 平気じゃないって! 寝なよ!」 次の仕事の時に支障が出るかも知れないし。 てか、私の家で寝るんだから相当疲れてるんだ。 イルは家でしか熟睡できないタイプだ、多分。 「どうする? 帰って寝る?」 うどんはまあ、どうでもいい。 食べることよりも寝ることのほうが大事だ。 早く帰って十分な睡眠とってからいっぱい食べたらいいし。 「いい。家で熟睡したら何されるかわかんないし」 「え!? なにそれ!」 「熟睡したらチャンスと言わんばかりに家族が殺しに来る」 「ええええ!? 家族なのに!?」 「うん。寝ててもいつでも戦闘態勢に持ち込めるための訓練」 うわあ、なにそれ。 家にも安らぎの場所なんかないじゃん。 よく過労死しなかったね。 「じゃあ、家で寝る?」 「え」 「私の部屋で良かったら貸すし、寝てる間に殺そうなんて絶対思わないよ」 「いいの?」 「うん! 下は営業してるから少しうるさいかもしれないけど……」 どうする? とイルに聞いた。 イルって枕が変わると寝れないとか言いそうだな。 ……それだったらおとなしく家に帰って寝てもらおう。 「寝る」 「あ、ほんと? じゃあ案内するね」 私の部屋に案内してベッドに横になるまで見届ける。 「あ、良かったら抱き枕使う?」 「いらない」 「えー私これがないと寝れないのにー」 「抱き枕とか使ったことないし」 「そうなの? ま、横に置いておくから良かったら使って」 じゃ、私まだ店あるからゆっくりしてね。とだけ伝えて部屋を出た。 ―――― 二十一時。 あまりにもイルが起きてこないから様子を見に行った。 もしかしたらもう窓から帰ってるかもしれない。 イルならありえる。 わざわざ起きたことを報告しなさそう。 それに、もしかしたら仕事入ってるかも知れないし。 できるだけ音をたてないようにドアを開ける。 「うわ……」 ……寝てる。 目瞑ってるし熟睡の方だ、多分。 寝顔キレーだな。 物音で起きちゃいけないからドアから顔を少しだけいれて観察する。 てか、抱き枕使ってるし。 ……なんだか、かわいい。 本当は使いたかったんだ。 思わず笑みがこぼれる。 そっとしておいてあげよう。 よっぽど疲れてたんだ。 そりゃ一ヶ月も寝てなかったらそうなるよね。 「おやすみ」 小さく呟いてドアを閉めた。 (いい夢みてね) [戻る] ×
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