あの生死をさまようような体験をしてから半年経った。 キルアとはあれ以来一回も会ってないけど手紙のやり取りによると元気にやってるそうだ。 うーん、あの人にいじめられてないといいんだけど。 キルアも気になるけど、あの人も気になる。 一体今どうしてるんだろう。 あの時見せた闇が頭から離れない。 まあ、向こうはもう私の存在なんて忘れてるだろうけど。 覚えてたとしても憎悪の対象でしかないだろうけど。 私だって、あの人を思い出したら怖くなることもあったけど、半年も経てば結構どうでもよくなった。 そんなことを思いながら机を拭いていると、店の戸が開いた。 「いらっしゃいませ……あ、ゼノさん! また来てくださったんですか!」 「どうもソバの味が忘れられんくてな」 「あはは、気に入ってくれてありがたいです」 いつもの席に座って笑ったゼノさん。 来るのは不定期だけどかなりの頻度で来てくれる。 ジャポン料理に興味を持ってくれたなんて嬉しい。 この頃は、私たちに漢字も聞いてくる。 お気に入りは『一日一殺』らしい。 こんな四字熟語は存在しないんだけど。 ゼノさんのお気に入りの天ぷらそばを持っていけば、ご機嫌そうに食べはじめた。 いいおじいちゃんだなあ本当に。 キルアはこんなおじいちゃんを持ってしあわせだろうな。 私のおじいちゃんはジャポンに住んでるからなかなか会えないし。 ゼノさんが私の第二のおじいちゃんだ。 こんなこと言ったらまたあの人に首絞められるんだろうな。 思い出したあの人のことが気になってゼノさんに聞いてみた。 「あの、ゼノさん」 「ん? なんじゃ」 「えっと、キルアのお兄さんの……」 「イルかいの?」 「あの人、どうしてますか?」 「そうじゃのう、いつもとかわらんな」 「そうですか」 ああ、あの人表情変わらないし、やっぱりそうか。 もう半年前のことなんて忘れてるんだろうな。 「会っとらんのか」 「え? あ、はい」 「いつから」 「は、半年前から……」 急に真剣な顔になったゼノさんに思わず怯んでしまった。 一体どうしたんだろう。 「……イルのやつめ」 「え、なんですか?」 「いや、なんでもない。勘定頼めるかのう」 「え、もうですか!?」 まだ五分も経ってないのにと、どんぶりを見れば汁まで飲み干されていた。 はやっ! とりあえずお勘定としてお札を頂いておつりをレジに取りに行って戻ると、もうゼノさんは居なかった。 「あれ?」 もしかしておつり忘れちゃったの? いやいや、まだまだ現役のゼノさんがそんなはずない。 だってこの前生涯現役って漢字覚えたばかりだし。 いや、関係ないか。 まあ、次来たときに渡せば良いか。 そう解決してゼノさんのどんぶりを下げた。 ******** ゼノside 「イル」 定食屋を出て小さく呟く。 「なに」 瞬間、音もなく現れたイル。 「なんじゃ、監視には来とるじゃないか」 「うん。仕事が入ってる時以外は毎日来てるよ」 一緒に家までの道のりを走る。 別に歩いても構わないが、時間を節約するのも大事だ。 一般人には見えない速度で移動する。 「半年間ずっとか」 「うん、そうだよ」 イルは何かおかしいことがあったのだろうかと首をかしげてる。 ……いや、監視してもいいと言ったのはわしらじゃが……。 本当に監視だけを続けるとは……。 この頃イルが休みの日だけでなく仕事が終わればすぐにどこかに出かけてしまって家にいることが少なくなったとキキョウさんが言っておった。 だからてっきりわしはあの娘に会いに行ってるのかと思っていた。 ……いや、正確には会いに行ってはいるが。 まさかこの半年間一切接触していないとは……。 イルは案外奥手だったのか。 わしもシルバもグイグイ行くタイプじゃったし、キキョウさんも奥手には見えんからイルがそうとは思わなんだ。 「そうかそうか」 「じーちゃん?」 ここは、かわいいかわいい孫のためにわしが動いてやらねばならんな! 「イル、確か明日の仕事は夜からじゃったの」 「うん」 「明日は一緒に定食屋に入るぞ」 「え」 本当に久しぶりにイルの表情が変わったところをみた。 (老婆心? 残念わしは爺でな) [戻る] ×
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