「ねえ、何してんの?」 今まで、小鳥の鳴き声と車の走行音しか聞こえなかったこの場所に声が聞こえた。 振り向けば、絹のような黒髪の青年が私見下ろしていた。 あれ、デジャヴ? 「あっ……」 「何してんのって聞いてるんだけど」 頭大丈夫? と無表情だったけどどう考えても馬鹿にされてる。 ……こいつらやっぱり兄弟だ。 腹立つ! 怒っちゃいかん、殺される。 「店で使う野菜を掘り起こしてんの」 「なんで昼間に行くわけ。普通店開く前に行くんじゃないの」 「あ、今日は予想より多くお客さんが来て追加の分で……」 「……」 返事が返ってこない。 けどなんとなく不満があるんだろうなとわかる。 あれ、なんで不満なの? 別にご飯食べたいんだったら店に行けばいいのに。 店にはお母さんが注文取るために厨房から出てるのに。 別に普通に食べられるのに。 もしかして……私に会いに来たの……? いや、そんなわけないでしょ。 こいつが自分から私に会いに来るなんてありえない。 この前店に来たのだって絶対ゼノさんが無理やり連れてきたんだ。 考えてると、封筒を差し出された。 「え? これって……」 この封筒はキルアからのだ! 「あ、持ってきてくれたの?」 いつもはゼノさんが届けてくれるのに! 「じいちゃん、今日仕事で来れないから」 「そっか、ありがとう!」 立ち上がって受け取ろうとすると封筒を届かないところまであげられた。 なにこれ。 なんでそんな小学生みたいな意地悪するわけ。 私は身長がそんなに小さいわけではないけどこの男の身長で手を上にあげられたら届くわけない。 「なにすんの?」 「そんな汚い手でキルからの手紙触るわけ?」 「あ……」 土をいじってた私の手は泥まみれだ。 そっか、だからか。 「ちょうど収穫も終わったし、店で手洗うよ」 ついてきてくれる? と言うと返事はなかった。 拒否しないってことは肯定ってことでいいんだよね。 収穫した野菜が入ったかごを持って店に向かう。 足音がしなくてもしかして付いてきてないのかもと思って後ろ向いたら、ちゃんとついて来てくれてた。 そういえばキルアも足音しなかったような。 ああ、ゾルディック家だからか。 家に帰ってきて野菜を台所に置く。 手を洗って入口に突っ立ったままのキルアのお兄さんのところに行く。 綺麗になった手を確認したあと手紙を渡してくれた。 「ありがとう」 今回の手紙は何書いてるかな。 読んでみると今回はまだ健全な内容だ。 この前とか親父の拷問を初めて気絶せずに耐えられた。とか書いてたし。 もう手紙だけであんなにぞっとしたのは初めてだよ。 あ、おはぎが食いたいだって。 そっか、もう半年も食べてないんだよね。 まだあるだろうからお兄さんに持って帰ってもらおう。 「帰るのちょっと待ってて!」 台所に戻っておはぎを四つほど包んで戻る。 「これ、キルアに渡しておいてくれない?」 「なにこれ」 「おはぎっていってね、キルアの大好物なんだ」 「ふーん」 受け取ってくれたからもう帰るのかなと思えば突っ立ったままだ。 「え?」 「……」 私を見つめたまま動かない。 え、何? どういうこと? 何かまだあるの? 「書かないの」 「え、何を?」 「キルへの返事」 「え! 待ってくれるの!?」 「……」 返事はないけど、待ってくれるようだ。 「あ、そうだ、待ってる間にきつねうどん食べる?」 「……」 返事がないってことは肯定ってことなんだね。 これからはそういうことにするよ。 「どうする? 店の方で食べる?」 「店以外にあるの?」 「家の居間でもいいよ」 うちは私たちが生活する居間、台所、食堂へと繋がってる。 今私たちは台所の裏口に立っている。 「人が少ない方」 「じゃ、居間だね」 お父さんにきつねうどん頼んでくるから適当に座っててと言って私は料理を作っているお父さんのところに向かう。 頼んでから居間に行くとお兄さんが座ってた。 私も棚から便箋を取り出してお兄さんの正面に座る。 「何書こうかなー」 最近あったことかー。 何があったっけ。 「そんなに嬉しいの」 「え?」 「顔がにやついてる」 「うそ!」 口元を隠す。 うわ、一人でにやけてるとかすごい恥ずかしい。 キルアの手紙書くときいつもこんな顔してるのかな。 「生き別れた弟に書く手紙ってこんな感じなのかな」 そう呟いたところで部屋の温度が急激に下がった。 「あ……」 しまった、目の前にいるのに。 またキルアを家族扱いしてしまった。 ――――殺される。 「っ」 止める人はいないし、もうダメだと思って目を瞑る。 「何してんの」 「え」 いつまでも首を締められる感覚が来ないまま、そう声かけられてうっすら目を開ける。 「こ、殺さないの……?」 「……殺されたいの?」 「い、いやっ、だっ、キルアの……!」 「あー弟って言ったことね」 そういうと、手が伸びてきた。 私は1ミリも動けなくて、長い指が私の首に巻きつく。 喉がひゅっとなって冷や汗が吹き出す。 「今オレがここで少し力を加えれば死んじゃうね」 「……っ」 真っ黒の瞳は何を考えてるかわからない。 「怖い?」 頷くこともできない。 すると力を入れられることなく、指が離れていった。 「え……」 「殺さないよ」 元に戻ったお兄さん。 私は相変わらず体は固まったままで、相手の動きを眺めるだけしかできない。 「じいちゃん達に止められてるし」 「……そ、なんだ」 ゼノさんに言われなかったらもう私はこの世にいないんだね。 ゼノさんありがとう。 今度お礼言わなきゃ。 「だから心配しなくても殺さないよ」 「あ、ありがとう」 これはお礼を言うべきなのかわからなかったけどつい口がそう動いた。 「早く書けば」 「っ、う、うん」 ペンを持ったところでお母さんきつねうどんを運んできて、騒ぎ出した。 「やっ、やだ! 彼氏だったらちゃんと言ってよ!」 「はっ、はあ!?」 「何が友達よ! もーっ! お父さんには恥ずかしいからって嘘は付いちゃダメよー」 「ち、ちがう!」 いらないこと言わないで! 私と付き合ってるなんて、こいつからしたら屈辱的なんだから! もし逆上してお母さんに危害加えたら……! やばいやばい。 私は殺すなってゼノさんに命令されてるから殺さないかもしれないけど、お母さんたちは言われてないはずだから、何されるかわからない。 「いいから出てって……!」 きつねうどんを受け取ってあ母さんの背中を押して居間から追い出す。 障子をぱたんと閉めて恐る恐る振り向く。 「っ、あのっ……ごめん! お母さん何にも知らないから、許してあげて」 「なにを」 「え?」 「何を許すの」 感情のわからない真っ黒な瞳が私を射抜く。 「っ、お、お兄さんのことを、私の彼氏とか言ったでしょ……?」 「……」 「ちゃ、ちゃんと説明しておくから、ね?」 「……」 全然返事が返ってこなくて、目をそらしてただただうどんを啜るだけだ。 「あ、あの……」 怒ってないのか怒ってるのかだけでも確認したいんだけど。 全くこっち見ないし。 「早く書けば」 「え? あっ、うん」 やっと答えたかと思えば、手紙の催促だった。 ……怒ってないってことでいいのかな。 (何考えてるか全くわからない) [戻る] ×
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