「行くぞ」 「はっ!」 晋助のそばにはもう、いられないんだ。 しょうがないんだ。私が弱いから。 背中を向けて歩いていく晋助と、まだ動ける男達が私たちの住み家から一歩一歩離れていくのを見ると無性に心が痛んだ。 付いていきたい。 晋助のそばにいたい。 晋助を護りたい。 しょうがないって一度は諦めたはずなのにな……やっぱり、諦めきれない。 「待って……! っう……」 傷が開いた。立ち上がったときにわき腹痛と右腕に痛みが走って痺れる。 けど、そんなことに構ってたらおいて行かれてしまう。 それだけは……! 「お願い……! 私も……わっ!」 男をかき分けて、やっと晋助のところへ辿りつけた。 なのに……なんで、こんな時に石につまずいてこけちゃうのよ……! 左ひざに痛みが走ったから、膝を擦りむいたんだ。 けど、こけた私のことを気付いてないのか、気にもしないのか、晋助は歩みを止めることなく進んでいく。 痛む身体に叱咤して、必死で晋助の足にしがみ付いた。 「お願い晋助、連れて行って!」 目の前が涙で霞んで、よく晋助が見えない。 けど、何でだろう。 見下ろした晋助が私を冷たく、鬱陶しそうに見ていることだけは分かった。 「離せ。なまえ」 「いやっ! 私も行く!」 「手負いのお前を連れて行ったとて、なんの戦力にもならねェ」 見下ろす晋助の目はいつもと違う。 まるで敵を見ているようで……ついに涙がこぼれた。 怪我した私はもう必要ないの……? 邪魔な存在なの? そう思うと胸が苦しくなった。 晋助の足を掴む力が弱ってしまったのか、晋助は私を振り払って再び歩き出した。 晋助が遠くなっていく。 嫌だ、離れたくない。 おいてかないで……! 「高杉、マジでなまえを置いて行く気か?」 砂を握り締めたとき、後ろから声がした。 その声にもう一度晋助の歩みが止まった。 「銀時……」 私が銀時のほうを振り向くと、晋助から明らかに不機嫌になった声が聞こえた。 「うるせェ」 「今までなまえが怪我しても一緒に居てたじゃねぇか。それを何だ。次の住み家へ移るだけなのによ。置いていくって」 「黙れ」 「そんなの、酷すぎるだろうが。自分勝手にも程があるだろ。なまえの気持ちをちったあ考え……」 「黙れ!!」 晋助が怒鳴った瞬間に空気がさっきよりも張り詰めた。 「次で最後の戦なる。今までとは比べ物にならねェ位激しくなるはずだ。そんな戦でこのザマのなまえに何が出来る」 「しかしよ、高杉……」 食い下がる銀時に、晋助は鼻であざ笑った。 「そんなになまえが心配なら銀時、テメーが残れや」 「テメェ……分かって言ってんだろ。残って欲しいのは……」 「銀時!」 「……なまえ」 「それ以上は、言わないで……」 それ以上言われると、晋助から一番聞きたくない言葉が出てきそうで、怖い。 私の思いが伝わったのか、銀時は不服そうに眉間にしわを寄せながら溜息をついた。 「……わーったよ。だが高杉、なまえを置いていくのは戦力にならないからじゃねぇだろ。他の理由もあんじゃねぇのか?」 銀さんがそういうと、晋助の纏う雰囲気が変わったように感じた。 「……俺ァ、疲れたんだよ。こんな弱ェ女を護りながら戦うのは」 「え……」 「元々なまえは戦闘向きじゃねェだろ。はっきり言うが邪魔だ。どんなに修行しても男とは同等に戦えねェんだよ。鬼兵隊にそんな弱い奴は必要ねェ」 「高杉! テメー言いすぎだ!!」 銀時に向けていた視線を私に向き直したため晋助と目が合った。 冷たく軽蔑するような嫌な視線。 いつもだったら直ぐに逸らすのに、今日はなぜか逸らせなかった。 何でだろう、どこか悲しみがあるような……。 「弱ェお前は普通の女みてェ男にすがって生きて行けや」 「おい!! 待て、高杉!!」 銀時の言葉を無視して、晋助は振り返ることなく歩いていった。 ぞろぞろと動ける奴は晋助について行って、残ったのは私と銀時と動けない負傷者だった。 あぁ、どうしよう。 涙が止まらない。 もう地面の色が私の涙で変わってきた。 「おいなまえ、気を確かにしろよ。もうあんな奴の事は忘れちまえ」 「ち、違う……置いていかれて悲しいから、悔しいから泣いてるんじゃないの……嬉しいの」 「は? ……なんで」 「……晋助の、優しさが……伝わったから……」 「優しさ? そんなのアイツにはないだろ」 「ううん。私には分かる気がするから」 「気がする? 勘か?」 「うん」 もう晋助の率いた一隊がほとんど見えなくなった。 けど、まだ一隊が歩いていった場所から目が離せない。 晋助は私のこと考えてくれたんだよね? 晋助なりの優しさだったんだよね? 私は頭が良くないから、そうやって良いほうに考えて生きていくよ? 例え私の勘が外れていても、気付かない限りはそう信じて生きていくから。 見えない晋助に向かってそう告げると、頬が緩んでいつの間にか涙も止まっていた。 また逢える日まで、少しのさよならだね。 私は生き残るから、晋助も必ず生き残ってね。 ++++++++ 「結局、晋助が言ったとおりに出来なかったなぁ」 そんな事を思いながら私は手配書の張ってある掲示板の前で足を止めた。 まぁまぁ綺麗に写ってるじゃん、私の指名手配書。 手配書の下には『この殺人犯を見つけたら直ぐに連絡を! 懸賞金は百万円!』なんて書いてるし。 私みたいな奴に百万も懸賞金かけてくれるんだ。 しかも私は人を殺した事なんて戦争後、一回もないんだけど。 天人なら数え切れないほど殺したけどね。 それなのに殺人犯って酷いなあ。 それより、何でみんな気付かないかな。 この手配書と違うところといったら髪型と格好だけなのに。 真選組も結構節穴だなぁ。 ま、真選組もまさか指名手配所の前にその本人がいるとは思わないよね。 隣にある晋助の手配書に目を通すと、懸賞金は私二百倍だった。 やば、晋助すごい。 どこの海賊王だよ。 「晋助も色々がんばったんだね」 「フン……お前もな」 「え……?」 なに、幻聴? 晋助の声が……。 声の方に振り返ると、指名手配犯が立っていた。 「し、んすけ……」 「よォ、なまえ久しぶりだな」 深く編み笠をかぶった晋助が喉を鳴らして、私の名前を呼んだ。 やばい、涙でそう。 私の名前をその声色でずっと呼んで欲しかった。 六年前みたいにあんな冷たい声なんかじゃなくて、今みたいに温かく私の名前を呼んで欲しかった。 「しんすけぇ……」 「泣くなよ。指名手配犯が」 「うぅ……だって……わっ!?」 とうとう涙がこぼれる、と思っていると気付けば晋助の着ていた着物が目の前にあった。 「え、え?」 晋助に抱き締められてる……。 ほんのり煙管の苦い香りが鼻腔をくすぐった。 「なんで普通に生きなかった」 「え?」 「どっかの男とくっ付いて普通の女みてェに暮らせば良かっただろ」 そういい終わると同時に晋助の抱き締める力が強まった。 「お前は、普通に生きて、普通に笑って、普通に泣いて、普通に結婚して、普通に幸せになって、普通に死んでいけば良いのによ」 「晋助……」 「何でお前は『異常』を選んだ」 ああ、私の勘が当たった。 晋助は私に『普通』の女になって欲しかったんだ。 だから、もう戦場から離れさせようと思ってあんな事を言ったんだね。 晋助は私が普通になれるためにあの行動を取ったんだろうけど、一つ間違ってるよ。 「晋助」 「なんだ」 「私の普通はね、晋助と一緒に生きていくことだよ」 「なまえ……何言って……」 「だから、この六年間が私にとっては異常だったんだよ」 動揺で緩んだ晋助の腕の代わりに私が晋助の背中に腕を回してきつく抱き締めた。 相変わらず晋助の身体は細いなぁ。 というより、六年前よりも痩せたよ、絶対。 色々、大変だったんだろうなぁ。 その大変な時に私がそばに入れなかったことが、堪らなく悔しい。 「だから、今度こそ私を普通の女にして?」 晋助の顔を下から見上げると、目を見開いた後晋助は優しくそして柔らかく笑った。 あ、今の顔すごいきゅんときた。 可愛い晋助を見るのはいつぶりだろう? そんな事を思っていると晋助は私の頭に手を乗せてきた。 「ああ、今度は連れてってやる。その代わり、何があってもついて来いよ」 「……っうん!!」 普通 (基準はそれぞれ) [戻る] ×
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