星の器 | ナノ


▽ 02

あれから数日がたった。
私は部屋に閉じ込められたまま、何も分からずただ過ごしていた。

(……あの子は何者なんだろう)
まるで大人が子どもの皮をかぶっているようだった。赤い目と端正な顔立ちが、さらに彼の異常さをきわだたせる。
広間でひざまづいていた人々や、女性たちの態度。いっそ人間ではないと考えた方がいいのかもしれない。
そんな彼は、夜になると私に抱きついて匂いを嗅ぐ。そして何度も何度も分からない言葉で私に話しかける。しばらく話すと、私をまた寝台にいざなって、抱きついたまま眠りにつくのだ。

……あの子が求めているものはさっぱり分からない。
抱きしめて寝るだけなら、いくらでも代わりがいるだろう。

私は……彼を恐れ、機嫌をうかがう。食事や眠る場所があるのは嬉しい。しかし気は張り詰めたまま、慣れない暑さや食事に体力も気力も衰えていく。
彼がいない間はただ外を眺めていた。


小さな傷が増えた。
犯人は侍女たちだった。はじめは私を恐れてへりくだっていたが、年上の女性(上司だろう)がいないと、しだいに私の扱いがぞんざいになった。
 食べ物をドンとテーブルに置き、私の腕を乱暴にひっぱって、たらいのある方へ連れていく。濡らした布巾で、憎らしそうに強く私の肌をこすった。
『ほら、じっとしなさいよ!なんでこんな女なんか…!』
擦られた肌は赤くなり、爪が立てられる。私が顔をしかめると怒鳴り声が散る。
『どうして王様のそばに置いてもらえるのよ!みんな、努力して、王様に近づこうとしてるのに…』

私が嫌な顔をしたり動きが遅いだけで傷が増える。
私は人形のようにじっと耐えた。

……それでも侍女たちは許してくれなかった。
いつものように部屋へ入ってきた彼女らは、食事と湯の入ったたらいを部屋の中に運んだ後、私をたらいの方へではなく大きな窓のほうへ引っ張っていく。
私をよく怒鳴っていた侍女が周りに言う。
『いい?ドアを開けたら、この女が逃げようとしたってことにするの!
 捕まえようとしたら抵抗して、テラスから落ちちゃったってことにするから。
 …大丈夫、この女は言葉が話せないし、この高さから地面に落ちたら、頭から破裂して口の形すら残ってないわよ!』

言葉はわからないが嫌な雰囲気だ。
不穏な動きにとっさに抵抗しようとした私を、5、6人がかりで口をふさぎ手足をつかむ。そして押さえつけられたまま、ずるずると大きな窓の方へひきづられていく。

窓から真下に遠い地面が見えた。必死に落とされないよう柵にしがみつくが、じりじり床から体が離れていく。外の強烈な日差しで目が眩んだ。
力づくで私の指を引き剥がし、突き落とそうとする女性たちは残忍な殺意で顔が歪んでいた。
(そんな!
 やめて、やめて――!)


ヒュン、と耳元で風が切った。口を抑えていた女の額に矢が刺さった。
悲鳴を上げて散らばった女たちを、ヒュン、ヒュンと弓が簡単に仕留めていく。

『……やっぱり、こうなりましたか』
女たちを射た兵士たちの後ろから、あの男の子が現れた。
『言ったでしょう?僕には人の死相が見えるって。君が現れて彼女たちの死相も変わったから、ほんの少し前に分かったんですけど。』
私は放心していた。動かなくなった女の重さを感じながら。
男の子は死体をどけ、いつものように私に抱きしめた。
『怖かったですか?でも、僕といれば絶対に守ってあげるって言ったでしょう?だから安心してくださいね……』

今の一瞬で、大勢が死んだ。なのに、男の子はいつもと変わらない表情だった。
私は目の前がぐらりと揺れて地面の感覚がなくなり、意識を手放した。


目覚めると、そこはいつもの寝台の上だった。
私は横たわっていて、男の子も寝転がって髪を撫でていた。
『やあ、目が覚めたみたいだ。大丈夫、侍女たちは一族もろとも処罰しましたから』
指や肩、つかまれた部分が痛かった。昼間の記憶が戻ってきて震えが走った。
……男の子は口調も表情もおだやかだ。だが気を失う前の、死体を目の前に平然としていた彼を見て、その態度を私の知っている優しさで考えてはいけないと分かった。
彼の気を損ねないように、弱々しく頭を下げる。

この男の子もいつ、私を殺すかわからない。表情だけではわからない。
ここは私の知っている世界ではないのだ。現に今も、死んでいたっておかしくなかった。

『どうしたの?命が助かったお礼が言いたいのかな?』

生き延びて現代に帰るために、唯一方法を思いついた。
――言葉だ。言葉を覚えるのだ。

言葉が分かっていれば、男の子の機嫌を損ねずに済む。今日のことも事前に対応できたかもしれない。また、現代に帰るためのヒントを手に入れる可能性も高くなる。

覚悟を決め、顔を上げて、男の子の前で『書く』ようなジェスチャーをする。
何?と聞いているような彼に、今度は近くにあった石板を指差し、また『書く』ようなジェスチャーを繰り返す。
『…文字を書きたい、っていうこと?もしかして君は言葉を覚えたいの?』
 正しく伝わったなら変なことではないのに、男の子は残念そうに言った。
『……僕はこのままでもいいけど。でも君がしたいなら仕方ないか。まずは名前から教えないとね。』

彼は切り替えが早いようだった。
自分を指差し、ゆっくりと『ギルガメッシュ』と言う。私を見つめ、もう一度繰り返した。

「ぎ…ぎる…がめしゅ…」
『そう、僕の名前。言いにくいならギルでもいいよ。君は?』

今度は私を指差す。
私はさっきの言葉を彼の名前だと考え、自分を指差して言った。「(私は)名前…」
――名前、名前。
発音が珍しいのか、正しく聞き取ってもらえなくて、2、3回言い直す。スムーズに言えるようになると、男の子は音を楽しむように何度も呟いた。
『…君は名前っていうのか。聞いたことがない響きだけど綺麗だ。君にぴったりだね』

嬉しそうに私をぎゅっと抱きしめると、彼は私の名前を繰り返した。
私もギルガメッシュと何度も言わされたが、うまく発音できなくて彼が笑う。


……それは、死体を前にしたときとは違う年相応の笑顔だった。



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