星の器 | ナノ


▽ 10話

私が泣くこと以外にできたのは、ベッドで横になり、現実と夢をさまようことだけだった。
そういえば召喚されてからまだ夢を見ていなかった。魂のときは記憶を何度も見ていただけ。夢らしい“夢”は久しぶりだった。


――緑や黄色の実が揺れる麦畑に、私は立っている。
風に麦の穂がたなびき、私の目の前で幼いシドゥリが風に戯れていた。
『お母さん』と私に微笑んでいる。
今度は彼女が男性のひざのうえで眠っている。彼は子猫を愛でるようにシドゥリを慈しむ。

……ああ、私は。こんな平凡な生活を夢見ていた。
大切なものを守る一生。愛する人と共に過ごす人生。

それが叶わないからこそ、“夢”で見るのだ。



目が覚めて、答えが出なかった私は記憶の中にいる人々に語りかけた。
私を育てた家族。ウルクで出会った神官長、学者のおじいさん、元祭祀長。私と共に働いてくれた人々。冥界の女神様。エルキドゥ。カルデアの人たち。

どうしてあなた方はそんな生き方をしたのですか。
何か私に言葉をかけてくれませんか。




意識があいまいになったとき、自分の記憶でも夢でもないものを見た。

――その人は高い場所から大勢の人をみつめていた。その人々の歩みを最後まで見届けようと決意して、長い間ずっと見下ろしていた。

その人は裁定者となった。人の一生を見届けて、その価値を見定めるもの。
ときに嵐となって人々を苦しめた。人々が生み出した価値あるものを奪い、自分のものとした。自らが善悪の基準で法となった。
自分は人々の成果を愛する。ならば途中で介入するべきでは無い。自ら“孤高”を選んだ。

その人は友の死をきっかけに不老不死をもとめた。自分の身可愛さではない。おのれの決めた“最後まで人々の歩みを見届けるため”不死を求めたのだ。
そして見事、不老不死の方法を手に入れた。そのとき彼は初めて一個の生物として喜びに満ちあふれた。不老不死を打倒する方法を手に入れ、称賛する民の声を想像した。肉体も精神も長年の淀みから解放されるようだった。
……しかし。待っていたのは、目を離した隙に不老不死の霊草を蛇に食べられてしまうという顛末(てんまつ)だった。
その結果を見た彼は、ただひたすらに愉快になって笑った。

自分の得たものが、最後には自分の手に入らないものになってしまう。
何も手に入らないわけでは無い。自分はただ価値を見定める者。人々の成果を愛でるだけだ。
目の前のものは、消えてしまうとしても。
……どれだけ、愛するに値するものだったとしても。


「ギル…」

私はその人の名前をつぶやいた。胸の奥をゆすぶられるようだった。






名前のバイタルチェックを終えたあとダ・ヴィンチは管制室にやってきて、盤面をいじっていたギルガメッシュに思いをぶつけた。
「君の言う通り、体調はすこぶる良好だった。でもね、」
息を継ぐ間も無く言う。「名前くん、泣いてたぞ」
目が赤かったんだから!というダ・ヴィンチの抗議に、涼しい顔で盤面を見たまま彼は返す。
「仕方がない。本人が自分で望まなければ、魂の定着は叶わない」
「ただでさえ退去まで時間がないっていうのに。ほんと君たちって素直じゃないんだから。」
「しかたないだろう。我など当に120才を超えた年齢なのだからな。惚れた腫れたで行動するような歳ではないのだ。」
見た目だけは若い彼に、やれやれとダ・ヴィンチはため息をついた。
「もしこのまま落ち込んで、魂の状態が悪化したらどうするんだい?」
「…そのときは我もどうしようもない。このような顛末であったかと笑うだけだ。」
「まったく…!」
そう言いながら、彼女の胸にはこんな思いが浮かんできた。
「君のそういう態度にはうんざりするけど、名前くんなら『できるんじゃないか』って思うところが悔しいね。」
ギルガメッシュの横顔をみながら、ダ・ヴィンチは自分の中でたどり着いた結論を話した。
「ねえギルガメッシュ。私は今回の件で考えたんだけど、召喚に成功したのは“偶然の奇跡”ではなかったと思うんだ。
 君たち3人の霊器がそれぞれの記憶を持っていたこと。彼女の物が残っていたこと。そして、彼女が生死のループを何度も繰り返して人類史に記録を残したこと。
それらすべてが揃ったから成功したんだ。偶然の奇跡ではない。だから…
“奇跡”っていうのは、それを“強く願うものによって起こりえること”だと思ったんだ。」

その言葉にようやくギルガメッシュは顔を上げた。
「そもそも、この程度の揺さぶりに耐えられないやつを我が気に止めることはない。」
「それ、本人に直接言ってあげてよ…。」

素直にならないまま彼はにやりと笑った。
それは見た目に相応した、青年のような笑みだった。







彼の部屋のまえで、息を整える。ふう、ふうとまるでプールに飛び込む前の子供のように深く息を吸い込んだ。
コン、コン、コン。

「――入れ」
もしかしたら居ないかもしれない、と淡く期待していたのに。
鼓動が落ち着かないまま、足を前に踏み入れた。


まあそこに座れ、と彼は椅子をすすめた。
他の2人と違って読書やチェスなどを嗜むため、椅子に座って過ごすことが多いようだ。向かいに座わる。空中から杯を取り出して私に受け取らせた。
「…それで?」キャスターのギルは問う。
「我が満足するような答えは見つかったか?」

少し萎縮しながらも、深呼吸してたどりついた答えを言った。
「一生懸命考えたんですが……答えは出ませんでした。」
私の答えでもない愚かな答えを彼は黙ったまま聞いている。
「…でも、感謝したいと思います。これから自分で生きる理由や、目的を考える機会を与えられたことに。」

笑われるか激怒されると思った。しかし聞き終わった彼は、ふぅと息をもらした。ため息ではない。私の言葉に納得したような返答を彼はした。
「短時間では結論に至れなかったか。しかし、お前の中で“探す”という目標が生まれたわけだ。
 そのために生きたいと、お前は望むか?」
「――はい。」
はっきりと答えた。

彼は手招きをする。恐る恐る私が近づくと、片手を出し、自分のものと重ねた。手のひらが重なり合い、私との契約の証である“令呪”がギルの手の甲に刻まれているのが分かる。
ここで強く繋がっていることを感じる。
「名前、少しだけ我に付き合えよ。」
そう言うと、彼は空いた手を私の頬にそえ、おたがいの額をくっつけた。
温かさとともに、彼の記憶がながれこんでくる。


……これは、おそらく彼の最期の記憶だ。
目の前の光景がぼんやりと霞んでいた。手すら重く、体を起こすこともできない。声も出ない。自分はついに死ぬのだ。
燃え上がるウルクの都市を眺めながら、不思議と心は静かだった。

我は死ぬ。しかし民は生き延びた。彼らは滅びの運命を知った上で、戦い抜いてきた。
裁定者として自分が苦しめた、多くを奪った民がここまで運命に逆らったのだ。手に届かないものを必死に追い求め前進しようとする彼らの輝きを目にしたのだ。

……なんというすばらしい報酬だろう。
そのために払った孤高という代償はやすかった。
愛したものを手放すことも大した代償ではなかった。

命は見つける。生き延びる方法を。
その輝きを目にして、我は眠るのだ。何という素晴らしい幕切れだろう。




「名前」
ギルが私の名前を呼んだ。目を開けると、見たこともないほど彼は優しく微笑んでいた。
「…我は裁定者だ。人の一生を見届けて、その価値を見定める者。
 お前がウルクで自らの境遇にあらがい、幼い我に与えてくれたものは愛でるに値するものだった。お前は弱々しい身体に輝くものを秘めた、星のような人だった。」
だから、と彼は続けた。
「この先も、お前の歩みが星のように輝くものであると我は信じている。愛でる価値のあるものだと。」

そんなふうにギルが言ってくれたのに、私の口からは自分勝手な言葉があふれた。
「嫌だ、どうして一緒に生きると言ってくれないの?私は貴方と生きるために数千年も約束を守ったのに」
叫ぶような問いに、彼は静かに語った。
「我は共に歩む者など求めぬ。名前、我は見定める者として孤高を選んだのだ。」
私の頬をつたう涙を指の腹でぬぐった。
「お前に最後にしてやれることは“自由を与える”ことだ。
 本来であれば召喚で作ったまがい物の魂を、一個の生命として根付かせるなどデタラメなことはできない。ところがアーチャーと幼い我が座に戻ったことで、この霊器は力を増したようでな。全力を出せば、聖杯一つ分ぐらいの力は出せそうだ。」

私とギルの手は重ねられたままだ。
私は、はっと気付いて、彼の顔を見た。すでに彼は決意した表情をしていた。
「待って、この令呪を使い切ったらギルはもう……」
令呪があかく輝く。


「令呪を持って命ず。名前よ、我から自由になれ。もはや我はそなたのマスターではない。」
「重ねて命ず。名前よ、因果(いんが)を断って自由になれ。貴様の人生を生きろ。」
「これが最後の令呪だ。名前、新たな土地、あらたな人々と共に、生を謳歌せよ!」


力強い彼の言葉と共に、私は魔力で満たされる。強い力でこねられるように魂は形成され、肉体と完全に結びつく。
私の身体は内側から輝いていた。身体の中から星が輝いているように。

そして、再びこの世に“私の存在”が受け入れられるのを感じた。心臓の鼓動が強く脈打っている。だが目の前の存在が少しずつ薄れていくのが分かった。

「ギル…!」
「成功だ。名前、最後に欲しいものはあるか?」
彼の手にはもう令呪はない。私との繋がりは消え、遠くなっていく。
「最後に欲しいものなんて…」
行かないで。本当はそう言いたい。でも彼の満たされた表情を見れば、このまま別れを告げるのが正しいのだと思った。私は言う。
「加護をください。私の一生が貴方の愛に値するように。」
「一生分だと?欲張りな女だな。いいだろう。」

彼はそっと私の額にキスをした。
「――名前。
 お前の行き先に、星の輝きがあらんことを。」

淡い光が額にやどる。そして光は空をめざして登っていく。
私は力強く彼の名前を呼んだ。
「ギルガメッシュ……!」

最後に彼の笑い声が聞こえた。
「…それで、我はまた手に入れたと思ったものを失うわけだな。
 なんと!愉快なことか!」



2017年12月26日。これをもってグランド・オーダーは完遂した。
人類滅亡を予見し、人類史を救うために戦ったあまたの英霊たち。特異点の消失によって人類の危機は去り、英霊達は所長代行のダ・ヴィンチを除いて地上からすべて消え去った。

でも何も残らないわけではない。あまたの英雄が人類のために残した世界は、これからも続いていく。


…そして、私も。
彼から託された星を抱いて、その先を歩む。



<おわり>


術ギルが主人公に向ける想いは「敬愛」でした。子ギルは「憧れ、恋」弓ギルは「情愛」とそれぞれのテーマを表現した作品でした。
そして最後に、主人公がずっと隠し持っていた「自分がどう生きるか」という問いを探し続ける物語でした。

最後まで読んでいただき、本当に有難うございました。
もし良ければ「あとがき」も読んで頂けると嬉しいです。


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