▽ 8.5話
それが、胎内のさらに奥、自分の魔術回路に走るのを名前は感じた。鈍器で殴られるような快楽が、身体中の回路を走っていく。隅々までぶわりと熱い魔力が行き渡るのを感じた。
…ああ、このために。
身体に魔力が馴染んでいく。魔力で強化された身体に魂がつなぎとめられていく。
糸が固く結ばれるように。
胎内から彼のものが引き出され、熱がさめていく。でも、私は体力が消耗して指一本も動かせない。疲れ切っていた。何度も絶頂を極め、彼を受け入れて。
「ギル…」
意識がしだいにうすれていく。
ぼんやりとうつった視界の端に、ギルが映った。その表情を見て私は思った。
(…悲しそうな顔…)
彼もまた、私にどうやって思いを伝えればいいか分からないのだ。変わってしまった自分をどう説明し、そして受け入れて貰えるか。恐れを抱いている。
伝えるすべを持たず、奪いながら与えることでしか、自分の思いを叶えることができない。
(待って。行かないで…)
薄れていく意識の中で、手を伸ばした。
手は虚空をつかんだ。
これは、幼いころの記憶だ。
僕は部屋で待っている非力な女性がどうしているか気になって、仕事の合間に見にきた。
彼女は言葉がろくに話せず、生きていくすべも持っていない。僕が命を握っている。
彼女は学者に文字を習っていた。
簡単な文字だ。それを必死になって勉強している。
この程度のこともできないのに――
…この僕を守りたい、救いたいだと?
自分が守ってやらなければならない存在。なのに、彼女は“まるで僕を守るために”必死で努力している。何もできないくせに。僕の方が、はるかに強いのに。
「…名前……」
――ああ、その姿を。
愚かしい一方で、愛おしく思ったのだ。
弱々しい身体に輝くものを秘めた、強い意志の人。星のように輝く人。
その人を守りたかった。でもその人はあっけなく命を失ってしまった。僕は神の力を持っていたのに、たった一人の女性すら救えなかった。
…もし一生を彼女と添い遂げ、優しく抱きしめられる自分であったなら。
ずっと「愛している」と囁ける自分であったなら。
その力を苛烈に振るうことしかできない暴君にはならなかっただろうか。もっと優しい生き方ができただろうか。
「…いや、違うな。結局、自分でこの生き方を選んだのだ。我にはこの生き方しか出来なかった。
そんな我が名前に優しく接することはできない。」
誰に聞かせるわけでもなく呟いて、手を伸ばしたまま意識を失った女性を楽な姿勢に寝かせた。体を清め、衣類を着せる。
そして手をとり、優しいキスを落とした。
やわらかい小さな手だった。
安らかな寝顔を目に焼きつけ、部屋を後にする。
キャスターのギルガメッシュはノックもなく自室に現れた人物を睨んだ。しかし睨んだところで無駄だった。どうせ自分自身なのだから。
「名前に説明しないまま行ってしまうのか?」すぐさま様子を見抜いた。「その様子だと、魔力の大半を彼女に与えたようだな。」
アーチャーのギルガメッシュは少し疲れた様子で壁にもたれ、返事する。
「自分自身の説明など、気が滅入るであろう。言葉で相手を屈服させるしか能のない輩がすることだ。
…だが、此度は必要のようだな。我は好かんが。」
キャスターは「ほう?」と彼の言葉に耳を傾けた。
「我はな……エルキドゥが死んだとき、自分に限界があることを悟ったのだ。
嵐のように振る舞ったのは、そう統治しなければおのれの役目が果たせなかっただけのこと。それを説明せずとも分かってくれる友を失ったとき、己の存在が“暴力をふるうだけの王”になるのを恐れ、死んで役目が果たせなくなることを恐れたのだ。
自分の中にかくも弱いものがあるのだと悟った。」
その嘲笑はめずらしく自分に向けられていた。
「そんな自分を、すべて名前に話せると思うか?…否だ。その役目は魔術師ふぜいに成り下がって、『全てを見てきた』と豪語するお前に任せよう。」
自分だけ好きに語り、キャスターが答えるのを待たずに部屋を出ていく。
「…我は行く。そのまえに、友に話すことが少しあるのでな。あとは頼んだぞ。」
「まったくお前たちはやっかいごとばかり……」
そう呟いたが、何を言ってもいまさらかと視線を粘土板に戻す。
「自らが選んだ道だ。今更後悔もあるまい。」
その1時間後、キャスターのギルガメッシュは弓の自分が去ったのを感じた。
<つづく>
弓ギル編でした。
ギルが主人公を好きな理由は「全然力がないくせに一生懸命生きて、さらに余計なものまで手を伸ばそうとする所」です。
最後主人公に、どうして行為をおこなったのか説明せずに消えてしまうんですけど、これは彼の”弱さの現れ”です。
自分の恐れを見せたくない。その気持ちで、説明せず去っていったのだと、そう解釈していただけると助かります。
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