星の器 | ナノ


▽ 6話


アレキサンダーの願いはこうだった。
曰く、アジア出身の名前に「ぜひアジアの食べ物を作って欲しい!」と。

ギルガメッシュをなだめて名前が台所を借りに食堂に行くと、そこに居たエミヤと同じ国出身ということで意気投合し、ついでに食堂の手伝いもすることになった。

エプロン姿で忙しそうに動き回る名前を見ながら、ギルはため息をつく。
「今日は僕が独占できる日なのに…みんなとばっかり……」
「でも楽しそうにしてるじゃないか、彼女。」
アレキサンダーは言った。
「僕は正直に言って君がうらやましいよ。もう会えない人にまた会えるなんて」
「それは、まあ…」
「だからこそ、君は彼女に何を伝えるんだい?」
不意に投げかけられた問いに、ギルガメッシュは彼の方を見た。彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「会いたいってことは、それだけ伝えたい何かがあるんだろう。
 僕たち英霊にはそれぞれ会いたい人がいる。後世に大きな影響を与えたってことは、それだけ多くの人に関わったということだからね。
 自分を支えてくれた名のない人たち、守ってくれた人たち。その人達が歴史に残らない人たちであればあるほど、自分が強く覚えておこうと思う。その人達に恥じない、立派な英雄であろうとする。少なくとも僕はそう思うよ。」

そして、黙って聞いている少年の肩を叩いた。
「君は本当に幸運だ。頑張れよ、ギルガメッシュ王。」




「ふう…疲れたぁ…」
軽く料理させてもらうつもりが食堂の手伝いになり、最後の掃除まで手伝ってしまった。名前はベットに崩れる。
「さすがにちょっと働きすぎたんじゃない?」
「うん、でも楽しかったよ。」
ギルガメッシュは寝転びながら彼を見上げる名前の横に座り、髪をなでて労った。楽しかった名残なのか名前は微笑んでいる。
「ギルはどうだった?アレキサンダーくん達も一緒だったけれど」
「僕は…そうだなあ。もっと名前を独占したかったけど、楽しかったかも」
そう言って、ギルも柔らかいベットに沈み込んだ。
顔が同じ高さになり、「ふふ」と名前は彼を見つめて笑った。
「誰かと一緒に遊んだことってなかったかもね」
「そうかもね」
 遠い国で王様だったギルと、仕事の合間にこっそり二人で遊んだことはあった。でも彼は忙しかったし、こんなふうに大勢で1日中遊ぶようなことはなかった。今日彼が見せてくれた表情。しぐさ。新鮮でわくわくして、数千年ぶりの再会だということを忘れそうになった。

「一緒にこうやって寝るの、ひさしぶりだね…」
「そうだね…」

これまでずっと遠くに彼の存在があった。記憶のなか、繰り返すループのなか、そこに彼がいても、ずっと遠い存在だった。
でも今日はすぐそばに彼がいる。話して、触れて、笑い合う。まさに奇跡としか言いようがない。

ギルがそっと私に手を伸ばす。肩にふれて、懐かしい感触を確かめている。
(ギルも…私がここにいることを、確認しているんだ。)
胸の中からわきあがる愛くるしい記憶に、心の中は満たされていく。

「ギルにもう一度会えて本当によかった…」
「うん、名前も僕に会えてよかった。会いに来てくれてありがとう。」

そう言って見つめ合うだけで幸せだった。ずっと昔の思い出も私たちにとってはまったく古くなかった。



そのまま見つめあっていると、ギルは、すこし寂しそうな顔をした。
「名前に謝りたかったことがあるんだ」
「どうしたの?」
彼は私を見ながら、そのときのことを思い浮かべるように言った。
「あの神殿での儀式のことだよ。僕のせいで君は命を狙われて、危険な目にあってしまった。その結果、命を削ることになってしまった。」
「そんな…私は自分であの選択をしたんだもの。後悔なんてないよ。」
神代のバビロニアで、私はある儀式の生贄(いけにえ)にされた。そのとき儀式を成功させかつ生き延びるため、水の中で数時間耐え、その結果肺を痛めた。彼はそう思って自分を責めてきたのだろう。
「そのあと体調を崩したとき一緒にいてあげられなかった」
私は首を横にふる。
「ギルは王様として仕事が忙しかったし、私も養女のシドゥリに残してあげたいものがたくさんあったから、会えなくても仕方なかったよ。亡くなる時はちゃんと会えたんだもの」

私の胸に、あのときの光景が思い出された。シドゥリのことは本当だ。
でも、肺から込み上げた咳に血が混じり、平気な顔で立っていることすら辛くなった。だんだん弱っていく姿を彼に見せたくなかった。

「僕は」彼の瞳に哀しい色が混じる。
「最期に君に会ったとき、後悔していたんだ。」

…なんだ。彼に会わないようにしたのに、けっきょく哀しい思いをさせていたのか。
「会えなかったのはギルのせいじゃない」ぼうっと涙が溢れてきた。
「本当は、どんどん弱っていく姿を見せたくなかったの。」
最期に彼が来てくれたとき、シドゥリにお願いして唇に紅をひいた。少しでも心配をかけたくなかったから。

「でもね」私は笑った。
「なくなる時は、さびしくなかったよ。ギルが『もう一度逢う』って約束してくれたから。」


……たった一つの言葉で。
死の恐怖から抜け出し、数千年のときを待つことができた。





ギルガメッシュは名前のほほに伝っていた涙を指でぬぐった。
もはや彼女に抱いていた積年の後悔は消えていた。今と同じように、最期の彼女の涙が、悲しみではなかったことをようやく知ったのだ。

「…僕もだよ。君がむかし『どんな僕でも一緒にいる』っていってくれたから、半神半人の自分に向き合えたんだ。
 そして、君と『もう一度逢う』約束があったから、亡くなる寸前まで“人の王”として生きようと思えたんだ。」


ギルガメッシュという半神半人の王は、数々の功績を残し、ときに暴君として振る舞いながらも、死ぬまで“人の王”をつとめた。
政治、戦争、冒険……人生の最期にティアマト神と戦った時も、藤丸たちに未来を託したときも、恐怖を克服して『王として』最善を尽くした。
その根本には、彼女との出会いがあった。


「名前」
ギルガメッシュは、生前に叶うことのなかった、胸の中の想いを彼女に打ち明ける。
「ずっと好きだったよ。
 出会った時から、最期の時まで。」


あたかも、幼いギルガメッシュの姿は出会った時と同じ姿で。
この姿の時からずっと。彼女を愛していた。
最期のときに告げることのできなかった言葉だった。


彼女が泣きながらうなずく。
ギルガメッシュは優しく彼女をみつめ、くちびるにキスをした。








……まだ、空が薄明かりに包まれるころ。
幼いギルガメッシュは寝所から起き上がり、安らかに呼吸する名前の髪をなでて部屋を出た。
そのまま暗い廊下を歩き、キャスターの自分の部屋を訪ねる。
「どうした、こんな夜中に」
寝る必要のない英霊は酒を嗜みながら本を読んでいたようだった。いぶかしげに見返してくる自分を、子ギルは真っ直ぐに見返す。

「こんなこと、貴方に言うと思っていませんでしたが」
子ギルは背筋を伸ばし、地面にひざをついて礼をとった。「名前を、よろしくお願いします。」

そう言うと、光の粒になって昇っていく。
成長し、英雄王となった自分。
賢王となった自分。
認めたくない部分もあったが、すべて信念を貫いて生きていたのだと、彼女と話しながら思ったのだ。
そうやって一生を送った自分を、もう否定するのはやめようと思った。



「…たわけ。自分のことなのだから、もとよりそのつもりだ。」

キャスターのギルガメッシュ王は光をみつめながら杯を仰ぎ、飲み干した。




<つづく>

miletの「Prover」か「I Gotta Go」が最後に流れてくるイメージで書きました。
主人公と話す中で、子ギルは自分の生き方を受け入れました。そして彼は、大人の自分と一体化して、いってしまいました。


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