星の器 | ナノ


▽ 5話

『星の器』の内容がでてきます。ざっくり記憶していただいていたら大丈夫です。


5話


再検査の後、私は報告書の作成に追われて1日目を医務室で終えた。
2日目の朝。私とダ・ヴィンチ女史が話しているところに幼いギルがやってきた。

「おはようございます、ダ・ヴィンチさん。名前を迎えにきました。」
礼儀正しくお辞儀して、私の手を取る。
「おや。最初の担当は子ギルくんなんだね。」
「はい!なんたって彼女は僕にとっての一番ですから。」
「そうか。ではいってらっしゃい、何かあったらすぐ管制室に来るんだよ。」



ギルについて部屋を出る。どこに行くのだろうと思いながら数歩下がって歩いていると、彼が無邪気な笑顔で振り返った。
「名前、僕の隣を歩いて。ついて来ていないか心配になるから。」
「うん。」
彼は……私とちょうど出会ったときぐらいの彼だろうか?
同じ人物が3人もいることにまだ理解が追いつかない。
「ごめんね…まだ今の状況が飲み込めていないの。特にギルが3人もいて、まだ戸惑ってるんだ…」
「そうか…」
ギルは歩きながらゆっくりと説明をしてくれた。
「詳しく説明するのは難しいけど、アーチャーの僕はエルキドゥと出会った頃で、キャスターの僕は不死探索から戻った頃だと思えばいいかな。それぞれ記憶は共通してるんだけど、クラスによって全盛期の姿になるんだ。それぞれ人格は独立しているから、混乱するなら別の人だと思ってくれれば良い。
 僕は見た目通りで性格も戻っているから、君の記憶している幼い僕だと思って接してくれればいいんだよ。」
「うん…」
同じ人物の3霊器。それだけギルガメッシュという英雄が凄い人物だったということだろう。でも私は自分が亡くなるまでのギルしか知らない。
「ほら、遠慮しないで」
ギルは私に手を差し出した。
「さっきダ・ヴィンチさんに言ったけど、この僕にとっては君は特別なんだ。この姿は、君と出会った頃の僕だよ。君に出会ったことで、僕は半神半人の器を受け入れた。
 ギルガメッシュ王の生涯にとって君はそれだけ大事な人だ。」
「うん…ありがとう。」

ぎゅっと彼の手を握り返した。
私にとって彼が大事な人であることはいうまでもない。
彼も数千年前のことを覚えてくれていた。それだけで涙が出るほど嬉しかった。




ギルの部屋は大きなベットと小さなテーブルがあるだけだった。照明は少しだけ温かい色。それだけなのに妙に懐かしい気持ちになった。
「なんだかここって…」
「うん、雰囲気だけは真似したくて。寝室のところだけだけど…」

遥か昔、ジックラトに彼の宮殿があったころ。
私は神代のバビロニアに飛ばされ、文化も言葉も違う世界で彼だけが頼りだった。寝室の外に出ず、幾つもの夜を共に過ごした。
目の前にはその頃の彼。自分がどこの時代にいるのか忘れそうになる。

「ここで思い出話をじっくりしても良いし、一緒に過ごせるなら何でも良いよ。名前は何をしたい?」
「私は…」


コンコンコン。
軽快なノックの音がした。
「ああ、そうだった」とギル。「入って良いよ、アレキサンダー。」


「こんにちは、お邪魔だったかな?」
赤髪の少年がひょっこりと顔をのぞかせた。彼も誰かの英霊の若い頃なのだろう。ギルと同い年ぐらいに見えた。
「やあ、はじめまして。もしかして君が噂で聞いた女性かな。お会いできて嬉しいです。」
「は…はじめまして。」
初めて見る人物に動揺したが、美少年のうえ礼儀正しい。にこりと笑われて私も微笑み返した。
「アレキサンダー、すまないけどまた今度」とギル。
「うん、今日は彼女に会えたから帰るとしよう。優しくて可憐な女性だね」

帰ろうとしたアレキサンダーを、私は引き留めた。
「あのう…事前に約束があったんでしょう?せっかく来ていただいたのに…」
大丈夫だよ、と彼が言う。
「彼を遊びに誘いに来たんだ。3日に一回は遊んでるから、気にしないで。」
「だったら今ちょうど何をしようか話していたんです。よかったらご一緒しても?」



アレキサンダーは普段なら滅多に見せないギルガメッシュの表情に驚いていた。
自分たちより10歳は年上だが優しく純粋そうな女性に、彼がこれだけ左右されることがあるのだと意外に感じていた。
その女性は、自分が気を遣って出ていこうとしたのに親切心から引き留めている。友人の心をまったく理解していない。アレキサンダーは哀れに感じた。
が、同時に面白くもなってきてしまう。しかもこの状況をもっと楽しむ策を思いついてしまった。

無邪気な表情で提案した。
「じゃあ、宝探しはどうですか?カルデアの施設内に宝物を隠すんです。先に見つけた方が勝ち、ということで。」
「楽しそうですね」
彼女はギルガメッシュが止める前にそう言ってしまった。

ちらりと彼女の横を伺うと、思惑通りギルガメッシュは困惑している。彼はアレキサンダーの方を向き、無言で首を横に振った。ますます面白くなる。
アレキサンダーは無視し、たたみかけるように続けて提案した。
「せっかくの宝探しですからね。お互い、大事なものを賭けましょう。」
「何を賭けるんですか?」と彼女。
アレキサンダーは会心の笑みで言った。「ギルの大事なものといえば名前さんです。勝ったら貴方に何かお願いをしようかな。」
「えっ、そんなことでいいんですか?」

彼女はあっさりと承諾し、ギルガメッシュに「だめ?」と聞く。
難しい顔をしている。きっと彼女が「楽しそう」と言った以上はっきりと断れないのだろう。
それでも彼は「だめだ」と言う。彼女が戸惑ったように見つめると、「名前が大事なものでないという意味ではなくて…」とはっきりしない言葉になってしまった。

アレキサンダーは期待以上の結果を楽しんでいた。
「じゃあ僕も大事なものをかけるよ。僕は…」
廊下に目をやる。すると、たまたま身長の高い男性が通りかかった。
「あっ先生!一緒に“戦略ゲーム”しませんか!」
不健康そうなロード・エルメロイU世を呼び止めて、アレキサンダーはにっこりと微笑んだのだった。





宝探しのルールはこうである。
人質となる2人が、カルデアの施設内(個人の部屋、侵入禁止の場所以外)にそれぞれルビーとサファイアの宝石を7つずつ隠す。相手側が隠した宝石を先に集めた方が勝ちだ。つまりギルはエルメロイの、アレキサンダーは名前の隠した宝石を探すことになる。ちなみに探す途中で、誰かを勧誘して手伝ってもらっても良い。

少年2人には別室で待って貰い、わくわくしながら名前はルビーを隠しに行った。
でも難しいところに隠すと見つけられないと思い、分かりやすい所に隠していく。途中でサファイアを持ったロードとすれ違ったが、彼は不満タラタラで、
「どうしてこんなことに……ムカつくから全て難しいところに埋めてやる…」と呟きながら隠していた。

戻ってくると、まだギルガメッシュは「すごく不平等だ…勝っても何も良いことがない…」と呟いていた。しかし名前が彼に「待ってるから」と囁くと、すこし耳を赤くして入り口に向かう。

「じゃあ始めます!」

施設の地図を持って部屋から出ていく。ロードと名前は、手を振って2人を見送った。



〜人質の部屋〜

「…そういえば、名前くんは魔術塔の卒業生だったな。」
エルメロイはやれやれと言いながら椅子に腰掛け、共に人質になった少女に話しかけた。
「はい。ロードもお見かけしたことがあります。こんな場所で出会えるなんて驚きました。」
名前のことは英霊の間でも話題になっていた。魔術塔の卒業生であるという。教室が違ったから関わりはなかったが、がぜん彼女の経歴を聞いて興味が湧いた。
「あの、よければ、待っている間に君の経緯を聞かせてもらえないだろうか。それが目的でこのゲームに参加したんだ。」
エルメロイが聞く。
「はい。私で良ければ。」
名前は二つ返事で話し始めた。



〜宝物探し中の少年たち〜

宝を隠す場所は区間ごとに1つと決まっていて、禁止場所をのぞくと、食堂、リラクゼーションルームなど公共の施設が中心だった。二人は同じ場所からスタートした。
 名前の隠したルビーが分かりやすい所にある一方で、エルメロイが隠したサファイアはめんどくさい所にあった。
「君の先生って考え方が陰湿だね…」
幼いギルガメッシュは呟いた。そう言いながら、彼のポケットにはすでに3つサファイアが入っていた。「でもそういう輩が周りに多かったから、なんとなく隠し場所がわかるんだ。…ただ!取り出すのに時間がかかる場所ばっかりで腹が立つ!」
 やれやれ、とアレキサンダーは苦笑いした。
「名前さんこそ僕の考えの裏をかいてきて困るよ。すごく探しまわったと思ったら区画の初めの方にあったり。奥に隠してあると思ったら、一番上のところに載ってるだけだったり(名前の目線なら見える位置)。策略が全然見えなくて、逆にすごく手強いな。」

2人は互角に苦戦していた。



〜人質の部屋〜

ロード「なに…レイシフトを成功させて紀元前に行き、そこで亡くなっただと?」
名前「はい。そのあと現代に生まれ直すために冥界で過ごしました」
ロード「凄すぎる…!もっと詳しく聞かせてくれ!」



〜宝物探し中の少年たち〜

しだいにアレキサンダーは名前の隠しパターンに慣れ、先に発見して次の区画へ意気揚々とむかう。ギルガメッシュは焦り、あまり乗り気ではなかったが助っ人にピッタリな人物を呼ぶことにした。
王の財宝から目薬を取り出すと、ある人物の部屋のドアを強引にノックする。

ドン、ドン、ドン。
「ちょっとー!誰よ、女神の部屋を強引に訪れるなんて…」
現れた金星の女神はドアを開けると、涙を流す金髪の美少年に困惑する。
「どっ…怒鳴って悪かったわ!どうしたのよ、急に泣かれても困るんだけど…!」
彼女は戸惑いながらも急いでハンカチを取り出し、少年に渡す。
「えっ…あなたの大事な女の子が人質にされてるって?しかも神殿で私に仕えていた子?そ、そんなの助けてあげるに決まってるじゃないー!!」

イシュタルは速攻でマアンナを用意し、子ギルをのせるという大盤振る舞いで、宝石が隠された区画にやってきた。そして隠してあったサファイアを探知し、次の区画にいたアレキサンダーに追いついた。
「ずるいぞ、飛び道具なんて!」
マアンナに乗る彼を見て、仲間は誘って良いことになっていたのでアレキサンダーはそこに文句を言った。次の区画である図書館を高い位置から見渡し、ギルガメッシュは勝利を確信して微笑む。
「あそこよ!」
イシュタルが宝石に気付いて、かぶせてあったクッションをガントで飛ばす。
あわやこれで勝負が…と思われたが、
出て来たのは赤い宝石……ルビーだった。
アレキサンダーがそれを見ていて「よし、発見!」と声を上げる。

「僕がさがしているのはサファイアですが」
ギルガメッシュは静かに言った。
「ご、ごめんね、どっちも同じ成分だし、私、赤色の方が反応がいいみたいなのよ!」

イシュタルは謝りながら(どうして私が怒られているのかしら?)、次はちゃんとサファイアを探知した。しかし場所がわかっても隠し方に手が混んでいるため、取り出すのに時間がかかった。
 そして次の区画でも先にルビーを発見し、サファイアの取り出しに時間がかかり、アレキサンダーが先に悠々と進んでいく。


「やっぱ駄女神か……次は最後の一個…!」
ギルガメッシュは自分から誘ったくせに文句をつけて女神を帰らせ、再び自力で探しはじめた。先に行ったアレキサンダーの方が有利である。しかも名前の隠し場所パターンに慣れ、見つけるスピードも上がっている。
 最後の区画は名前たちが人質になっている部屋の近くだった。ふと部屋の方を見ると、ドアの前に不自然な箱が置いてある。
(名前……これは隠す気があるのか?)
彼はそう思いながら、ある考えがひらめく。

数分後、アレキサンダーが箱に気付いて近寄った。「まさかこんなに分かりやすく…?」本人も驚くほどだったが、開けないわけにはいかない。しかし箱に手をかけようとした瞬間、彼の足に鎖が巻きついた。
上を見ると、天井から鎖が出ている。アレキサンダーは叫んだ。
「ギルガメッシュ、ずるいぞ!シュミレーター以外での武器使用は禁止されているだろう!」
「野蛮ですが、これも戦法の一つ」

彼はスッとアレキサンダーの脇を通り過ぎ、彼を鎖で捕まえたまま宝石を探した。しばらくしてサファイアを7個全て揃え、人質の待つ部屋に入る。


「あっ、ギル…」
名前は喜んで立ち上がったが、彼の向こうに鎖で繋がれたアレキサンダーの姿が見えた。
「それはルール違反なんじゃないか!?」とエルメロイU世。
「戦法の一つですよ。じゃあ名前、 」
ギルガメッシュが彼女の手を取る。エルメロイは鎖を外すためすぐ部屋から飛び出した。
鎖が外れるのは時間の問題だろう。

「……走ろう!」



手をつないだまま走り、着いたのはなんとギルの部屋だった。ここじゃすぐ見つかっちゃうから、とギルはクローゼットの中に誘う。
クローゼットに入ったところで何も変わらないと思うけど……そう思いながらも、ギルが真面目な顔で手招きするので、なかに入る。
案の定、なかは2人の体がぶつかるほど狭かった。身動きも取りにくく、逆に閉じ込められているようだ。
不思議と笑いがこみ上げてくる。

「名前、静かにしてよ」とギル。
「だってズルまでして……こんなところに逃げ込むなんて、子供っぽいなぁって…」

声をもらして笑ってしまった。
名前がルビーを見つかりやすいところに隠すからじゃないか、とふてくされたように言うギル。その姿はまぎれもなく年相応だった。
「…笑ってごめんなさい。でも嬉しかったんだ。ギルが他の子と遊んでて」
「僕だって遊ぶよ。ここでは王様をしなくていいんだから……」

この状況を利用し、私は勇気を出してギルを抱きしめた。彼も手を私の背に回す。久しぶりの抱擁。目を閉じて、高い体温を感じ取った。額を肩にあずけ、お互いの感触を確かめ合う。
「ギル…会いたかった。」
「僕もだよ…」
懐かしい感触に、記憶と今が混在して、永久にそうしていたような気持ちになる。体温が溶け合って、お互いの体の垣根がわからないようなむず痒い感触になる。永い永い抱擁…。

やがてクローゼットのドアから、
光が差し込んで――・・・。


「はあ…やっぱりここにいた。邪魔しちゃ悪いけど、賭け事だからね。」
アレキサンダーが顔をのぞかせた。見つけられても、ギルは私を抱きしめたままだった。そのまま文句を言う。
「わかってるなら良いじゃないか」
堂々と開き直るつもりのようだ。
「いや、ズルしたのを許すのは教育的にどうかと思うからな」
と後ろから現れたエルメロイが口を挟んだ。



その光景に、とても昔にあった学生生活が思い出される。

名前はまた笑った。



<つづく>


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