星の器 | ナノ


▽ 01

『星の器』

遥かな昔、チグリスとユーフラテス河に挟まれた湿地帯には大きな都市国家があった。そのころ神と人の世はつながっていて、王とは神の代理人だった。都市国家ウルクのギルガメッシュ王は半神半人で絶対的な力を持ったため、他の都市国家はウルクに追従した。
ウルク街壁の中に入れば、王宮――ジックラトへの真っ直ぐな道が伸びている。丘の上にある巨大な王宮は太陽に照らされ、夜は数千の松明によって絶え間なく輝いていた。

遠くから見える巨大な建物は、すなわち王の権威を示している。強大で健剛な支配者。武力と賢さを兼ね備えた比類なき君主。

「――ウルの街よりアムトの子アッカム、陛下に拝謁を賜りたく参りました」
「使者の方は顔を上げてかまいませんよ」

大勢がかしずく先に王座があった。
そこに座る王はまだ幼い。しかし過去のどの王より優れていた。
政策を考えれば学者たちは目を輝かせて平伏し、戦いにおいては大軍を奮い立たせて勝利に導く。神と人の間に作られた魂は生まれながらの統治者であり、謀反を抱く者はなく、その期待を遙かに上回る器を彼は持っていた。


使者の男がウルの政策状況や収穫高を報告した後、こんな話題を切り出した。
「王宮にやってくる途中、変わった噂を聞きまして――」

数日前、ウルク街内の泉から、とつぜん女が現れたそうです。その女は異国の服装で、我々と違う肌や目の色をしているし、言葉も通じない。その物珍しさに奴隷商が連れて行こうとすると、不思議な力で撃退したのです。

「…わずかですが王の興味を引くと思いまして、その女めを連れて参りました。あばれて粗相をするといけないので、手足を縛っております」

女などよくある献上品のひとつに過ぎない。
やや乱暴に、小柄な少女が王の前に差し出される。その手足は縛られているため、顔にかかった髪をうしろにながせない。王の前だというのに荒れた身嗜みだ。
だが、日に焼けていないすべらかな肌、長い艶やかな髪。唇は噛んだのか少し紅く、髪からのぞく黒目がちな目は支配欲をさそう。肉体労働を知らない華奢な体は異国風の衣装に包まれ、スカートは短くふとももまで露出していた。
若い娘のあらわな姿に、護衛兵士の中にはくぎづけになってしまう者もいた。

王はその捧げ物を少しのあいだ見つめていた。が、表情はいつもの穏やかなままだった。
「…たしかに興味深いですね。あとでゆっくり観察してみたいので、僕の部屋に運んでもらえますか」
王にしては珍しい言葉に、居並ぶ大臣や女官たちから意味深な笑みがこぼれる。
なんと、王もようやく女性に興味をお持ち遊ばしたか、あの使者はうまく王に取り入ったものだ。次は自分も、と――。

宮中独特の雰囲気に、差し出された少女はおびえきっていた。




……ここは、どこなのだろう。
自分は魔術師だ。浮力魔術を家伝とする一族に生まれ、優秀ではないが真面目に勉強して魔術塔を卒業した。運良くカルデアにスカウトされ、時空を移動できるという実験に参加した。
その驚くべき実験は論理的には完璧で、成功したら間違いなく一族の名誉になると思った。

だが意識を取り戻したとき――
私はたったひとり、古代風の衣装を着た奇妙な人々に囲まれていた。聞こえる言葉も分からない。私がとつぜん泉の中から現れたので人々は悲鳴を上げた。駆けつけて来た兵士から私は必死に逃げ、路地の物陰に隠れた。
 眩しかった太陽が沈むと、あたりは暗く冷気が満ちた。寒さと空腹で震えていると通りがかりの裕福そうな男が声をかけてくれ、食事や衣服、寝床まで与えてくれた。
だがそう甘くはなかった。夜半に鈍い重みで目が覚める。熱い男の息がかかり慌ててふりほどいたが、男とその手下に追われ、とっさに浮力魔術で石を浮かせて撃つ。相手はひるんだが、騒ぎを聞きつけた兵士に捕まり……ついに牢屋に入れられた。
 牢屋には柄の悪そうな男が大勢いて、向かいの部屋に入れられた私を値踏みするように観察したのだ。かけられた言葉はさっぱりわからない。たぶん分からないほうがいい。数日すると、今度は無理やり体を洗われ、手足を縛って荷台にのせられる。

荷台の進む先に、大きな神殿のような建物が立っていた。
まさか私は生贄にされるのだろうか。
命を失うなら、純潔ぐらい失ってもいい。どうか、命だけは……。




幼い王はいつもより少し早く仕事を終え、例の少女を連れてくるよう侍女長に伝える。
しばらくして身嗜みを整えられた少女がやってきた。先ほど着ていた衣装は、武器を持ち込ませないためか、侍女が着るような簡素な服に改められていた。
 王は珍しそうに観察する。そして何か思うことがあったのか少女以外の全員を下がらせようとしたので、侍女長が口を挟もうとした。
「ねえ、この子と話をしたいんです。大勢いると怖がって話してくれないと思うので、席を外してくれませんか。大丈夫ですよ、僕に何かできるような人間はいませんから。」
何かあったら呼びます。王の言葉に侍女長がしぶしぶ頷くと、ほかの侍女達は意味深な目配せをして部屋を後にした。
ドアが閉まったのを確認して、彼はくるりと少女の方に向き直った。

「…こんばんは。初めまして、君の名前は?」
近づいてきた幼い王に、少女はあからさまな警戒をにじませ、後ずさりする。
「大丈夫、逃げないで。もし逃げたら、君は殺されますよ。その代わり、僕と一緒にいれば絶対に守ってあげます。…名前は?」
 胸に手を置き、今度はその手を差し出す。挨拶のジェスチャーをしても少女の表情は一切変わらない。だが、王は嬉しそうに微笑んだ。
「…そうか、言葉が分からないんだ。じゃあ逆に、僕は何を言ってもいいんだね」
彼は言葉をくずし、さらに少女に近寄った。
「ねえ、僕は今すごく嬉しいんだ。なぜって君が初めてなんだよ、僕の目に君の死ぬ姿が映ってこない!」
そこまで言うと、自分よりも背の高い少女を急に抱きしめた。
驚いた彼女の抵抗を一切無視して強く抱きしめる。「ああ、柔らかい、女の子の体ってこんなに華奢なんだね。力を入れたら壊しちゃいそうだ。でもこのまま離す気はないからね。」

少女の顔を窺うと、とつぜん幼い男の子に抱きつかれ、どうしたらいいのか困惑している。その様子が面白くて彼はまた笑った。
「自己紹介がまだだったね。僕はギルガメッシュ。分からないだろうけど、僕が喜んでいる理由を説明をするよ」
松明の光をうけて彼の目が輝いた。
「僕には未来を視る力があるんだ。すごい力だけど、人も、動物も、その死に様が視えてしまう。ぞっとするよ、みんな死ぬときの姿で僕の周りにいるんだ。
でも、なぜか君は今のままの姿しか見えない。本当にどこか違うところから来たんだね。おかしいことだけど、すごくほっとするよ……」
立て続けに話す彼に、少女は『分からない』と抗議するように何かを訴えた。幼い王は一切無視した。
「ねえ、君ってちょっと変わった匂いがするね。甘いけど花とは少し違って、爽やかな良い匂いだ。
 おいで、僕の寝室に連れていくから」

体を離すと、子どもとは思えない力強さで少女の手を引く。彼女はなされるがまま大人しく付いてきた。
奥にすすんで、現れた大きな寝台に足がすくんだようだったが、やがて観念したように少女は上にのった。

幼い王は……同じく寝台へのぼると、少女を抱き寄せる。
そして彼女の胸に額を埋めると、抱きしめたまま横になった。

「ねえ、このまま寝ちゃおう。君が側にいれば、いつもの夢を見ない気がするんだ。
この街が泥に沈んで、最後に溺れ死ぬ、あの夢を……」

そのまま男の子は目を閉じる。しばらくすると、静かな呼吸が聞こえてきた。
それでも少女は身を固くしていた。
だが男の子の体温と、久しぶりの柔らかい寝台に負け、彼女も眠りへ落ちていった…。


| list | next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -