▽ 2話
ヒトの想いとは、その肉体が亡くなったあと、どのぐらい残るものだろうか。
魂を不滅なものと考える宗教的では永遠なのかもしれない。薄れていくという考え方もある。
その人物が最期に遺した願いは、どこまで永遠に通じるのだろうか。
その日の午後、藤丸、ダ・ヴィンチ、ギルガメッシュの3人で作戦会議が開かれた。
ダ・ヴィンチは無理難題だと言っていたのに、打って変わって晴れやかである。その理由は意外なものだった。
「君が言っていた女性だけど。もう一度名前を聞かせてくれるかい?」
「…名前。その名前で記憶している。」
「そうか。君は、彼女があるとき“突然現れた”と話していたね。実は突破口がそこから見えてきたんだ」
ダ・ヴィンチは持っていたタブレットから資料を前に映した。空っぽになったコフィンの写真だった。
「実は去年、不思議なことがあったんだよ。あのときはそれどころじゃなくて藤丸くんに話さなかったけれど。
2年前初めてレイシフトを実行したとき、妨害によって藤丸くん以外失敗してしまった。その後、1年かけて候補者を一人ずつ解凍と蘇生を行ったんだ。
しかし、1人だけコフィンが“カラッポ”だった。つまり何を意味しているか分かるかい?」
「え…それって、自分以外にレイシフトに成功した人がいたってこと?」
藤丸は驚いて目を見開いた。本当なら大事件である。
「うん。成功していれば、どこかの時代に飛ばされたはずだよ。藤丸くんはいつも私たちが存在証明をしているから、特異点と現在の2箇所に存在できる。でも彼女は私たちが知らなかったせいで、存在証明が行われず、現在に戻れなかったんだろう…」
技術者の失敗だね、とダ・ヴィンチは肩を落とした。
「でも、王様から名前を聞いて繋がったんだ。古代に現れた女性、現代から消えた女性……その二人がどちらも同じ名前だったなら…」
十分に合点がいく。藤丸は頷いた。ギルガメッシュも「なるほど」と頷く。
「…証拠はないけど、じゅうぶん仮説に足るだろう。詳しいことは子ギルくんに聞いたらもっと分かるかもしれないね。
良かったよ、彼女がたった一人でその命を終えたんじゃなくて。」
ダ・ヴィンチは安堵したように言った。それは技術者としての責任から出た言葉だった。
ギルガメッシュはダ・ヴィンチの持ってきていた箱を見た。
「…ほう、それで突破口が見えたのだな。カルデアに席を置いたものであれば縁を持つ物が残っているのか」
「もちろん。候補者たちの荷物はちゃんと保管しておいた。彼女の物も残っているよ。」
ほらね、といって取り出したのは、小さなかざりがついたブレスレット。それを着けた女性の姿が偲ばれた。
さっそく召喚に必要な2つ目の『縁を持つもの』が見つかった。前途多望だ。
「では、最大の難問である『人類史に記録を残していない』ことをどうやって解決するかだ」
ダ・ヴィンチは仮説を立てた。
いわく、人類史に記録がないなら『記録に変わるものを魔術で編み出すこと』。
つまり、“存在そのものの再定義”である。
分かったような分からないような表情で藤丸は頷いた。ダ・ヴィンチは彼に話を振る。
「藤丸くん、きみは自分の存在をどうやって証明すれば良いと思う?」
「ええっそんなこと急に聞かれても…」
自分は自分。藤丸にはそんな月並みな回答しか浮かばない。困って目で王様に助けを求めると、ギルガメッシュはこの問答をさらりと答えた。
「肉体と魂。この2つで存在は証明されるだろう。」
「さすが賢王。」
ダ・ヴィンチはにやりと笑った。
「まず、簡単なのは肉体だ。その人物がどんな外見だったか、ということだね。これには酷似した体があれば良い。物質としてであるから、錬金術師のまねごとで事足りる。」
ゴーレムやホムンクルスが作れるサーヴァントに協力して貰えばすぐだろう、と彼女は言った。
「…やっかいなのは魂だ。“その人らしさ”を作り出さねばならない。
言葉や行動。そして他者にとってどんな存在であったか。この2つで、その人の性質を説明できるんじゃないだろうか。」
私はそう考えているよ、とダ・ヴィンチは締めくくった。
「では、ひとつずつ証明して、魔術を編むことにしよう。」
「ああ。」
しかし初めてみると、さっそく問題が発生した。
キャスターのギルガメッシュ王はその尊顔を忌々しげにゆがめた。
「実は…。はっきりと名前のすがたが思い出せん。」
「「ええっ」」
他の二人は声を上げた。
「まさか…ボ…」藤丸の口をダ・ヴィンチはすばやく塞いだ。
「藤丸くん、サーヴァントの記憶は肉体の姿に引きずられるらしいんだ。不死探索の旅から戻ってきた彼は120歳前後だと思われる。はっきり覚えてなくて当たり前だよ。」
「そ…そんな…!」
こんなところでつまづくとは。藤丸は愕然とした。
ショックを受けているのは王様もだった。精神的ダメージが凄そうだ。驚いて固まった猫のように何も言わない。
(ど、どうしよう…)
このピンチに藤丸は解決策を思いつき、挙手した。
「王様、ダ・ヴィンチちゃん!僕に良い案があります!」
…数十分後。
「呼ばれてやってきてくれた…アーチャーの子ギルくんとギルガメッシュ王です。」
藤丸は事情を説明し、2人の英霊を呼び出すことに成功した。
三方向、どこを見てもギルガメッシュ。女子には夢のような光景である。険悪なムードで無ければだが。
「フハハハハ、愉快なモノだな、キャスターの我が思い出せぬとは!」
「大人の僕…なんであんな風になっちゃったんだろう…」
それぞれ状況を悪化させるような一言を発し、もはやこの部屋が異空間化していた。
藤丸は「間違っていたでしょうか」とオロオロしている。「キャスターの王様が覚えてらっしゃらないなら、この2人にと思って。」
ダ・ヴィンチは藤丸の肝の太さを羨ましく思った。
「早く済ませよう」彼女は念を押した。
「あの女の姿が思い出せないとはな。残念なものだ」
アーチャーのギルガメッシュ(以下、弓ギル)は愉快そうに愚痴った。
そのへんで、とダ・ヴィンチはとどめる。
「良い案があるぞ。すでに呼んでおいた。」
彼の良い案は最悪の一手の場合がある。
弓ギルの背後には人影があった。異質な存在感を持つ人物に、さらにその場が重くなる。当の本人達は心なしか嬉しそうだったが。
「やあ!ギル…たち、でいいのかな?」
緑の髪をした美しい神の泥人形。「楽しい光景だね!こんなにギルがいるなんて」
げ。そう呟く代わりにダ・ヴィンチは拳を握りしめた。
「造形と聞いて、エルキドゥに『顔を貸せ』と言って連れてきたのだ。こやつの顔と体を借りれば早い。」
「エルキドゥを粘土がわりに…!?」
しかも『顔を貸せ』という駄洒落つきである。藤丸とダ・ヴィンチ以外は空気が和んだ。
「さて…どの我がやろうか」と弓ギル。
「僕がやります。なぜって一緒にいた時間が一番長いですからね!」
子ギルが意気揚々と前に出る。ふふん、と大人達に勝っているのが嬉しいらしい。
「彼女のおかげで、現霊器の僕が形成されたんですからね。彼女を一番よく知ってるのが僕です!」
彼は自分達(?)が見守る前で遠慮なくエルキドゥの顔に手を伸ばした。
「ちょっとくすぐったいかもしれないですけど我慢してくださいね、僕の友達さん。」
「いいよ。きみたちは特別な存在だからね。」
エルキドゥは穏やかな表情で顔を任せる。
「じゃあ…もう少し目を丸くして、鼻筋はそのままで…あ、髪は黒で…」
「これが…名前とは…!」
――数分後。子ギルが完成させた造形は、大人ギルたちを完全に腹筋崩壊させていた。
それもそのはず。名前の造形は、幼い頃のギルガメッシュにとって“憧れの存在”として美化されていたからである。
「すごいな、幼い我ながら理想的な美しい造形だ!」と弓ギル。
「確かにこれは素晴らしい…」湯沸器のように沸点を迎える術ギル。
「そっちなんて、はっきり覚えてないじゃないですか!これがボクの中の名前なんです!」
子ギルは怒っていた。藤丸は複雑な心中を察して、そんなに笑ってあげて欲しくないと思う。ひとしきりギルガメッシュたちの高笑いが響き渡った後、「我の出番だな」と弓ギルが袖を捲り上げた。
「この世の財宝も女もすべて手に入れた我だ。すべての価値をただしく判断できるのは我のみ。君臨するとはこういうことよ!」
…そして完成した造形には、意外にも納得するしかなかった。
「すごいね、身長も記録とぴったりだ。」とダ・ヴィンチ。
「うむ。余すことなく全て、な。」
自慢げに弓ギルが言う。むくれた子ギルも文句は言わなかった。術ギルも懐かしそうな表情をした。
ただし、動きと言葉がエルキドゥなので、じっとしていればだが。
「ずいぶん質素な身体なんだね。もう少し胸を大きくしたほうがギルの好みだろう?」と彼。
「気が散るから黙っていろ。」
中身のエルキドゥを無視して、早々に次の準備に取り掛かる。
「じゃあ、隣の部屋でエルキドゥには型を取らせてもらおう。
次に、『言葉や行動』。子ギルくんの持っている記憶を召喚のとき注ぐといいだろう。」
「はい、お任せください」
ダ・ヴィンチが言うと、名誉挽回というように子ギルがすんなり頷いた。
「あとは『他者にとってどんな存在だったか』だ。主観的な判断ではなく、大勢の人にとってどんな人物だったか。大きな視点からの客観的な評価だ。」
彼女の言葉に賢王が進み出る。
「あやつの功績なら100年経ったのち、どうであったか我が知っている。
名前の提案した孤児院や教育制度の整備は、わがウルクの人材育成に大きく貢献した。」
「うんそれでいいだろう」
その答えは、ダ・ヴィンチにとって十分に条件を満たすものであったらしい。
いつも英霊召喚に使われている部屋に、3人のギルガメッシュ、ダ・ヴィンチ、藤丸が揃った。
「召喚に必要なものを確認しよう。
…ひとつ、召喚者の縁をつなぐもの。
カルデアに保管されていた被召喚者の持ち物。
…ふたつ、被召喚者の存在を定義するもの。
子ギルくんは召喚者の『言動』。アーチャーのギルガメッシュ王は『肉体』。キャスターのギルガメッシュは『功績』。3人が協力して用意しなければ為し得なかった。」
ダ・ヴィンチは最後の確認として、召喚を行うキャスターのギルガメッシュに言った。
「最後に、『その人物が呼び出される目的を持っているか』。
これはその人物を呼んだ時にしか分からない。本人が望んでいなければ、そっくりな人形ができあがるだけだよ。いいんだね?」
「ああ、分かっている」とキャスターのギルガメッシュ王は言った。
「彼女とした最期の約束だ。もし呼ばれないのであれば、彼女に未練がないと思えば良いだろう。」
「そうだね。
……最後は、きみたちの約束にかけよう。」
時と条件は満ちた。
キャスターのギルガメッシュは構えた。
<つづく>
3人のギルが集まって、シリアスな雰囲気になるだろうか。いや、なるはずがない。
このあとエルキドゥが夢主人公の姿をつかって悪戯しギルにぶちぎられる。
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