▽ <12章>

深夜近くにエミヤが帰ってきた。
アレクが眠っていることを確認すると、こっそりギル君を宿に入れ、私たちの部屋でカルデアとの通信を起動する。

『…やあ。君たちと無事につながったということは無事にミッションを終えたということだね。収穫はあったかい?』
通信が細切れになるものの、ダ・ヴィンチちゃん、マシュを確認できた。マシュと目が合い、こっそり微笑みあった。
「ああ、多くの収穫があった。こちらの現状を整理して報告するので、詳しく調べて欲しい」

「ふうん、聖槍ときたか」
ダヴィンチちゃんは納得したように言い、コーヒーをすすった。「あらかじめ可能性を立てていた。それだけ大きな力を持つ遺物は噂に事欠かないからね。もっとも、その地域にある聖槍が本物かどうかはあやしかったが。

 ーー聖槍。それは、キリストが磔になった際に、生死を確認するため彼の体を刺した槍とされる。持つものに無敵の力を与えるとね。ただそう言われる槍は世界に7つあって、もっとも有名なものがハプスブルク家の所持していた槍だ。かの帝国はそれを失って崩壊したとか。
 ある有名な政治家…その男に親しいものが書き残した話だが、それを実際に見た男は、その際、雷に打たれたような衝撃を覚え、神からの啓示を授かったという。その男は予言に従って第一次世界大戦の死地を越え、やがて強大な政党を率いて一国の元首となった。
その男の名は… “ヒトラー”という」

私はこの時代、この地域に来ると決まった時から、その名を聞くことを覚悟していた。幼い頃に悪者として刷り込まれた人物の名だ。
不謹慎だが、こんなときに昔読んだ魔法使いの男の子の児童小説を思い出してしまう。その物語では『名前を呼んではいけない人』という呼び方で、悪役が登場したっけ。

「そうさ、その名前を知らない人はいない。第二次世界大戦の時のドイツ首相、ナチス党を率いた男だ。彼の話を聞いた者の記録によると、ヒトラーはしばしば瞑想に耽り、神からささやきを受けたといって突拍子もない出来事を話したという。神の名は”アイツ”と言ったそうだ。
 そのささやきを元にしたかは分からないが、彼は天才的な演説で人々の心を掴み、破滅的な経済危機を建て直し、第一次世界大戦で挫折したドイツの人々の心を奮い立たせた。だが同時に、ユダヤ人や自分に刃向かう人々を言葉通り根絶し、独裁的な支配で世界から憎悪された……。」

学校で世界史の授業のとき観たビデオを思い出した。
あのときは何でこんな物見なきゃ覚えなきゃいけないんだろうと思った。今は大事だということがわかる。あのときは成績のことしか考えてなかったけど。

「余談だが、ヒトラーはしばしば未来の予知についても語ったという」
「予知?予言みたいなこと?」
少しオカルトめいた話になってくる。
「そうだ。まあ、独裁者というのは未来についても自分の力を誇示したいものだから、そう言うのは珍しくない。ただ、彼の予言はずば抜けて想像豊かだ。
たとえば、男根の形をした武器が空を飛ぶことや、将来地球が環境汚染で動物が大量死するとか、それは外れていない。
特に、彼が熱心に予知したのは新人類だ……超人と呼ばれる人種がうまれて、古い人類を支配する。古い人類はそれに気づかないが、やがて自分で思考しなくなってしまう。
 これ聞いてどう思う?立香ちゃん」
うーんAIが人類を管理する、みたいな話だろうか。
「…本当に起こるかどうかは置いておいて、仮に彼が聖槍の力を手にしたとしよう。
 立香ちゃん、彼ならそれをどう使うだろう?」
「ええっと…その予知を現実のものにしようとする?」
「当たりだ。そんなの考えてもみたくないんだけどね。
たとえば、聖槍の力を使って軍隊みたいなものを作ったとしよう。心当たりはない?」
「騎士団か」
エミヤが口を開く。「正史でも、ヒトラーが存命中に作った特殊部隊があったという。ニュルンベルク騎士団だな」
「そう。エミヤはよく知っているね。君は過去にここらへんでナチスの秘宝についてのごたごたにかり出されたんだっけ」
「ああ。金持ちのつまらん収集欲のせいでな」
こんなところで役に立つなら価値があったか、とエミヤが一人愚痴る。その話はあとで詳しく聞こう。

「さて、敵の力の源については仮説が立ったね。敵はヒトラーか、または本人でないが関係者が濃厚だろう。もし、ヒトラーの予言に従って聖槍の力が使われていたら。
彼がことのほか重要視していた場所がある。
ここから約800km先――ドイツの都市、ニュルンベルクだ。」

地図が表示される。ポーランドを西に横切り、ドイツのニュルンベルクへ。
今よりもっと過酷な旅への確信と、わずかな希望に立香は手を握りしめた。

「……わかった。ニュルンベルクを目指そう。」
『ああ、そう言ってくれると思っていた。君たちならやり遂げられるさ。
 それでは、全員に次ぐ。次のオーダーは、敵の本拠地ニュルンベルクにのりこみ、特異点の本体、または根元を叩き破壊すること。そうすれば、この特異点は解消されるだろう…。』




明日の行程を確認して通信は終わった。
眠りに着く前に、トイレに行きたくなる。昨晩寝られなかったため疲労がピークに達し、面倒でスリッパも履かずに裸足で廊下に出た。すると、部屋を出たすぐ先の廊下の床が少し暖かかった。

…そこだけだ。
嫌な予感がして、エミヤたちの部屋を訪ねる。


「…どうした、立香?」
エミヤに部屋から出てもらって先ほど感じたことを話す。するとエミヤはアレクのいる部屋に目をやって、近くにあったメモ用紙で筆談し始めた。

『アレクか?』
『そう思う』

エミヤはふうと息をついた。
『…知られたくなかったな。では、先ほど話した計画を変更して暗いうちに宿を出よう。エレナ達に伝えてくれ』



それから4時間と経たないのち。
外は暗く、鳥の声も聞こえなかった。
疲労を抱えたまま、冷たい夜霧を切り開いて歩き出す。


…もし、自分がアレクの立場だったなら。
 万が一、自分たちが帝国を滅ぼそうとしていることを聞かれていたらーー…。


アレクが追いかけてこないか心配で、何度も振り返った。彼の姿はなく、宿からどんどん遠くなっていく。
前を向けばエミヤ達の背中は見えたが、進む先に何があるかは霧ではっきり見えない。


この先も、私たちはどこに続いているか分からない道を進む。

だがこの道に何が待ち構えていても、道を外れ、目的を見失ってはならない。



<2部に続く。
 I hope you will be Looking forward to next!>




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